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 谷川ニコは「わたモテ」という作品を通じて、自身の孤独の作品化を通じて世界と交流した。もこっちにも同じ構造の変化が起こった。

 

 もこっちはもちろん、漫画家ではない。だが、もこっちが他のキャラクターとは違うのは、ネモとの対比に顕著だが、己の素を、それが恥ずかしいものでも臆面なく晒せるという事だ。他の人達が、恥ずかしくて、あるいは空気を読んで、隠す自分というものを曝け出す。しかし、それは本来そもそも誰にもあるものではないか? 誰にもあるが、我々は、それを色々な理由で抑えていて、抑える事を正しいとしているだけではないか?


 この強引な突破を可能にするのは、もこっちの過去の辛い経験の数々だ。過去の恥ずかしい、疎外された経験が、人が恐れる疎外をもはや恐れないものとした。これは重要な点だ。人は死から蘇って、死を恐れなくなる。死を恐れている人間に、蘇った人間は勝利するのである。


 もこっちが、百合ハーレムの中心にいて、ネモ、田村、加藤、うっちー、達の関心を引きつけるのは、深層心理的に言えば、これらの人はもこっちという存在を通じて、自分の中の内なる自分を解放させようとしているのだと見る事ができる。彼女らも、もこっちという変人の気に触れて、覚醒しようとしている。なんとなくこれでいいのかな、といった人間関係から目覚めて、自分というものを世界の外に露出させようとしている。


 どうしても触れなくてはいけないのは、もこっちの三年の自己紹介だ。ここで、もこっちは、ネモの煽りもあって、わざと寒くて恥ずかしい自己紹介をする。「彼氏募集中です」なんて言ってしまう。クラスメイトはさっと引く。が、これは「わざと」である。もこっちは自己紹介の後、ネモに向かって心の中でこう言う。


 (どうだ お前みたいに本性偽って仲間同士でぬるく生きてきた人間には無理だろ?)


 もこっちは不敵にニヤッと笑う。「わたモテ」を今まで読んできた人には、感慨もひとしおだろう。なぜなら、これまでの一年、二年の自己紹介では、もこっちは本当に痛くて恥ずかしい目にあっていたからだ。


 まさか、これまでの痛い自己紹介が振りになっていたとは誰も思わなかっただろうが…ここで、もこっちは、「他者に受け入れられる次元」を突き破って「他者を越えた次元」に入った。注意したいのは、超えるという事は、一般基準より劣っているというのと、見かけはよく似ているという事だ。天才と狂人は紙一重という言葉があるが、確かに天才も狂人も一般的水準からは大きく離れている。そうして天才と狂人は一般的水準では測る事ができない。多くの人が簡単にその価値を計測できるものはそもそも天才ではない。天才は愚者と共に、一つの未知として姿を現す。


 一年、二年の時の、恥ずかしい自己紹介は本当に恥ずかしいものだった。ウケ狙いで、みんなから認められようとして空回りして、痛い目にあった、ただそれだけの話だった。単なる失敗だ。が、ここに転回が起こる。


 かつてのウケ狙いの痛い発言は、本当にただ痛い発言だった。みんなから嘲笑されて、もこっちはただ恥ずかしく思った。しかし、今や話は逆である。もこっちはそれをわざとやって、他人達に馬鹿にされるのを恐れないというのを、行為によって証明したのだった。


 この転回によって、「他者に受け入れられた段階」から次のステップを踏み出した。田村ゆりがもこっちの存在を受け止めたのが、もこっち成長の第一段階とすると、今や第二段階に入ったのであって、それは他人達によって嫌われる事を恐れないために、かえって、他人達の興味と関心を受けるというものだ。


 もこっちは今や、ぼっちになる事を恐れてはいない。「わたモテ」読者の感想を見ていて、(それは違うんじゃないのか?)と思ったのは、「ぼっち」に関するもので、「ぼっち」というのは本人が気にしていなければ「ぼっち」ではない。


 実際にヤンキー吉田は、昼休みに一人でベンチに寝転がっていて平気だった。「ぼっち」はそれを恥ずかしいと思う他人と自分の二つの観念が合わさって作られる。『もこっちは三年になってまた「ぼっち」になるのではないのか? そうなったら嫌だ』というような感想を見たが、そういう事は関係ない。例え三年になって「ぼっち」になろうと、それが自分自身を貫いた結果であり(ネモはその可能性を自身に感じた)、そういうものとして受け入れたのなら、それは「ぼっち」ではない。他人がどう言おうが関係ない。それはただそういう存在なのだ。


 もこっちは「ぼっち」を卒業したのだ。「ぼっち」とは、学校内で友達がいなくて、寂しい思いをする事を指示するのではない。そういう状態を「気にする事」を意味している。気にならなくなったら、もう「ぼっち」ではない。


 (こみさんなんかも、友達が一人しかいない感じだが、気にしている様子はない。というか、冷静に考えると、もこっちよりもこみさんの方が相当ヤバイ人だが、こみさんはそれを気にしていないから、問題にならない。…問題にならないというより、葛藤が起こらないと言った方がいいだろうか。こみさんはもこっちよりも変な人で、更に「ぼっち」だとしても、気にしないから、恥ずかしいという事もない)



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