intro
23時42分。
小さなワンルームに上がりこんで、鞄を放った。
つかれた。
ジャケットを脱ぎ捨てて、スカートを下ろして、ストッキングを洗濯機に投げ入れる。
シャツのボタンを外す途中で、彼女は携帯電話を取り出した。
"今仕事から帰りました。30分後にお願いします。"
メールを送信して、シャワー室に入る。
30分後か。20分後でもよかったかな。ま、いいや、どうでも。
そういえばビールあったっけ。切らしてたっけ。あーまあいいや、なくても。どうせすぐ寝るんだし。
ぼんやりと考えながら、シャワー室を出た。
18分経過している。
彼女は投げ捨てた鞄をフックにかけ、散らかした衣服をクローゼットに押し込んで部屋着に着替えた。
鏡の前に立つと、風呂上がりでほかほかと湯気をあげる女がいる。
ぼさぼさの濡れた髪に、化粧を落とした顔、睨むような虚ろな目。
誰だこれ。
まるで自分じゃないみたい。
そもそも、自分がどんなものなのか想像できない。
チャイムが鳴った。
ドアアイを覗くと、少年のようにあどけない大きな瞳をした、背の高い男が立っている。
彼女はドアを開けた。
「こんばんは」
男はにこっと笑った。
彼女は無表情で何も言わず、男を部屋へ入れた。
「ちょっと待ってて、髪乾かす」
「はい」
「そこ座ってていいよ」
男は言われた通り、ベッドの横にちょこんと座った。
彼女は男の存在などまるで気にせず、髪をとかし、ドライヤーをあてる。
まだ生乾きだが、彼女は面倒くさくなって、男のところへ歩み寄った。
「もう寝ます?」
男が柔らかい笑顔で話しかける。
「そうする。今日つかれたし」
彼女は電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。
男はそのまま、ベッドの横にちょこんと座っている。
彼女はしばらくうつ伏せてそっぽを向いていたが、そのうち、もぞもぞと男の方へ顔を向けた。
「ねえ」
「はい」
「手、握ってくれる?」
彼女は布団からこわごわと左手を差し出した。
男は何も言わず、それをぎゅっと握った。
その後まもなく、0時42分、彼女は眠ってしまっていた。
男はそのあともしばらく彼女の手を両手で包み込んだまま、ぼうっとしていた。