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1ー41 暗躍する者達

 クライス視点


 領主様――クリスト伯爵様の屋敷で行われていた晩餐会も終わり、警護の任についていた自分の仕事は終わった。

 自分は暗い夜道の中、ルミナス教会に赴いた。教会の中に入ると、いつもは誰彼かいる礼拝堂だが、暗く、人の気配は無い。天窓から射し込む月明かりがかろうじて照らすのみだ。

 そもそも、教会関係者は粗方拘束され、教会には誰もいないのだが。


 礼拝堂にある、女神ルミナスの像を見上げる。


「……ルミナス教の教義は間違っていたのか? あの男は魔王の子では無かったと言うのか?」


 女神像は何も答えない。当然だ。ただの石像だから。だが――


「その通りです」


 背後から女の声がした。この教会には誰もいなかった筈だ。


「誰だ!」


 自分は誰何し、後ろを振り向く。そこにいたのはドレスを着た一人の女。暗くて顔とか確認は出来ないが、シルエットで女だというのは分かる。だがいつの間に入ってきた? 教会の門は閉じたままだ。

 女は自分の方へと近付いてくる。にも関わらず足音一つしない。いやそれよりも暗い礼拝堂の中にあって、爛々と輝く血のような赤い瞳。側頭部には角のようなもの――

 先程から嫌な汗が流れる。この圧迫感はなんだ。あの女に気圧されて指一本動かす事すら出来ないというのか。


「誰かと聞いている!」


 なんとか振り絞りもう一度誰何する。くすりと、女が笑ったような気がした。


「魔王リィン、と言えば信じてもらえるかしら?」


 クスクスと、女の笑い声が聞こえる。


「魔王、リィン……だと」


 馬鹿な、あり得ない。だが自分は女が嘘を吐いてるとはどうしても思えなかった。いや、寧ろ納得してしまったのだ。あの女は、彼女は、まごうことなく、魔王なのだと。


「この世界にルミナスという神はいません。人間が勝手に造り上げた、ただの偶像に過ぎません。勿論、その教義も白神教の受け売りと、嘘偽りを混ぜた薄っぺらいもの。特に魔王の子の件は、全て偽り」


 魔王が言う。嘘偽り? では自分達はそんなまがい物の教義をありがたく信じていたと言うのか?


「……失礼。一つ真実がありました。血のような赤い瞳、これは魔王の、悪魔の特徴です。私のように。尤も、私は子供を宿した事もなければ産み落とした事もないので、魔王の子自体存在しませんが」


 魔王の言葉を聞き入る。魔王は更に近付く。やはり足音はしない。仮に裸足でも音はする筈なのに。


「クライス、貴方には重要な役割を与えましょう」


 重用な役割? いやその前に何故自分の名前を知っている? そんな疑問が頭によぎるが、魔王の行動でそれらが全て吹き飛んだ。


「ん…………」


「!?」


 魔王と自分の唇が重なりあう。しかも、あろうことか、舌で抉じ開け、絡ませてくる。

 なんとか離そうとするが、思いの外魔王の力が強く、離れない。


「ん……む…………」


「んっ! んぐっ!」


 自分の咥内に何かが伝い、嚥下する。その事を確認したのか、魔王が唇をを離し、銀糸がぷつりと切れる。

 このような形でファーストキスをしてしまった。魔王の唇の感触は柔らかく、それに何より彼女からはいい匂いがした。女とは言え人類の敵なのに、心地好く感じてしまうとは。


「貴方には、勇者の前に立ち塞がる壁となってもらいます。その為の力を送りました」


 勇者の前に、立ち塞がる壁? 何を言っている。何故俺がその様なことを……


「今ここで起きたこと全ての記憶を封じさせてもらいます。安心してください、その時が来なければ記憶も力も目覚めることなく人としての生を全う出来るでしょう。ですが、もしその時が来れば、記憶は甦り、力が目覚めるでしょう」


 自分の意識が遠退く。魔王の言葉は入ってくるものの理解が出来ない。


「その時まで、暫しのお別れです。出来ればその時が来ない事を願います……」


 そして、自分は意識を手放した。


 ………………


 …………


 ……


「はっ!?」


 自分は立ったまま寝ていたのだろうか。頭の中に何か靄がかかったような、そんな感じだ。

 今さっきまで誰かが居たような気がするが、誰か人が居たようなそんな気配は無い。

 今まで色々ありすぎて疲れが溜まっているのだろう。

 自分はルミナス像を一瞥する。何も変わったとこは無い。美しい女神像は何も語ることはない。

 自分は一つ、溜め息を吐く。結局、お嬢様の言った通りだった。あの男(ソーマ)には色々酷いことを言ってしまったな。今度会ったら、謝罪するとしよう。

 自分は、ルミナス教会を後にした。



 ☆★☆★☆★



 ???


 その男はあることを報せるために寝る間も惜しんで走り続けた。馬を何頭も潰し、食事も最低限に控えた。お陰で10日で目的地に到着した。


 ローランディア大聖堂。

 フィグネリア王国の同盟国であるローランディア王国にある大聖堂、ルミナス教の総本山である。


 男は大至急聖女様に伝えたいことがあると訴えるが、既に深夜であり、又髪はボサボサで無精髭を生やした、みすぼらしい容姿の男に対し怪訝な顔をする。

 男は胸元に下げていたルミナス教の聖印を見せる。それは聖騎士が持つことを許される聖印だった。門番は慌てて男を通す。

 

 男はユリシカのあの騒動の時に居た聖騎士、その生き残りだった。本来ならフィグネリアの王都にいる司教の下へ行くべきだったが、目の前で起きた惨状は恐らく司教では対応出来ないと判断し、聖女のいるローランディア大聖堂へと赴いたのだ。


 聖女――名は不明。50年前のルミナス教設立当初から大きく関わる人物であり、最高権力者だ。その容姿は当時のままだという。


 男は聖女の寝室の前に連れられる。男を連れてきた女――来ている法衣からすると助祭だろう――が扉をノックする。


「聖女様、重要な事を伝えたいと申している者をお連れしました」


「通しなさい」


 鈴のような美しい声が寝室から聞こえた。既に話は通してあるのだろう。男は中に通される。

 部屋の中からは、何か香を焚いてるのか甘い香りがする。内装は其ほど派手さはなく、落ち着いた雰囲気ではあるものの、分かる人が見れば調度品全てが最高級品だと分かる。だが何より目立つのは天蓋付きの巨大ベッドだろう。ヴェールに覆われたその中に聖女はいた。

 そのベッド、聖女に向かい男は片膝をつく。


「伝えたい事があるそうですね。話なさい」


 男はユリシカの街で起きたこと、その一部始終を伝えた。魔王の子を捕らえた事。その魔王の子を火炙りの計に処しようとしたところ、唐突に雨が降り、執行が出来なくなった事。証明の儀を執り行うも、その悉くが覆された事。そして真実の杖を使用したワイズ司祭が悪魔と化し、魔王の子に討たれた事。

 聖女は何も言わず、ただ聞き入れる。


「そうですか……よくぞ伝えてくれました。今はその身体をゆっくりと休めなさい」


「は、ありがとうございます」


 男は立ち上がり踵を返し、部屋から出ようとするが、聖女が引き留める。


「お待ちなさい。とても重要な事を伝えた貴方に褒美を与えなければいけません」


 褒美をくれると言われても、眠気と疲労で早く休みたかった男が言葉を返す。


「大変有難い事ですが疲労困憊の身。後日承りたく――」


「私の身体を抱くことを許しましょう」


 男が驚く。ヴェールを除けると、そこには全裸の聖女がいた。

 もし美の女神がいるとすれば、それは正に彼女のことを指すのだろう。ウェーブがかったハニーブロンドの髪、扇情的な紫色の瞳、スッと通った鼻、潤んだ唇。スラッとした手足に染み一つ無い美しい、透き通るような白い肌。大きく張りのある胸、ぷっくりとした桃色の先端部はツンと上を向いている。細く括れた腰に安産型の形の良い臀部。

 男はゴクリと喉をならす。


「しかし、自分には妻が……」


「問題ありません。私を抱くこと、これは神事なのです。何も疚しいことはありません。さあ、遠慮せずに」


 聖女のその言葉に男は理性が飛び、服を脱ぎ、聖女に飛びかかる。


「そう、存分に味わいなさい」


 男は聖女の肢体に舌を這わせ貪る。その様を慈しむ様に見る聖女だが、頭の中では全く別の事を考えていた。


(どうやら勇者が召喚されたようですね、この私を殺しに。ですがただで殺される訳にはいきません。何より人間の堕ちていく様を見るのは最高の楽しみなのですから。或いは……勇者を骨抜きにし、堕とし我が物とするのもまた一興。さて、どうしましょうか)


 男は聖女の身体を貪る事に夢中で気付くことは無かった。聖女の瞳が妖しく、血のように赤く輝くのを――




ここまでお読みいただきありがとうございます。これにて1章は終わりとなります。


……投稿を始めて半年、漸くここまで書くことが出来ました。本当はもっと早く書き上げるつもりだったのですが、仕事と、遅々として進まぬ状況に筆を取られ、思ったよりも長く、そして時間がかかってしまいました。自分にとってもいい勉強になったと思います。

さて、2章はB級冒険者になったソーマの日常話になります。シリアスよりもギャグが強くなるかも。

……シリアスも書きますよ?


ではまた次回!

待て、しかして希望せよ!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本当にこれで終わるとは思ってなかった。人が良すぎる主人公もここまで来ると期待すらしなくなる。タイトルを変えなければならないだろう
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