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重音の詩人  作者: 鎖宮紫庵
二章 蒸気と武装の国グリシア
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グリシア観光、二日目。人通りの多いところのほうがいい、という話で大通りの店を見て回ることにした。街にいた警備兵曰く、廃坑は昼ころにならないと見学できないらしい。それまでの時間つぶしだ。足りないものがあったら買い足せる。といっても、森を出てからそんなに経っていないから食料くらいしか減っていないのだけれど。

「んー、やっぱ干し肉しかないなぁ」

「干した果物のほうがいいんだけど…」

 この国では果物が作れない、と立ち寄った店の主人に聞いた。否、作れるが適さないのだそうだ。詳しい説明はよく理解できなかったが、水があまり綺麗ではないらしい。飲料水に関しては水を綺麗にする工程を挟むから問題ないが、作物を育てられるくらいの水を浄化するのには手間と時間がかかる。だから野菜類は近くの街や国から買い付け、果物は時折訪れる商人から買うしかないそうだ。

「次の国に期待するしかないね」

「この辺は土的にあまり適さないって話だったからどうだろうな。森からあまり離れてないはずなのに、えらい違いだぜ」

「それはほら、妖精族の魔法があるから…」

 植物と調和し、豊穣をもたらす存在である妖精族。どんなにやせた土地でも、彼らが近くにいれば問題なく成長する。もちろん、水は必要になるけれど。

 まだ朝だというのに、大通りには既に沢山の人が訪れていた。これで少ない方だというのだから驚きだ。昼はもっと、祭りの時期になればさらに人々が集うらしい。流石は大国だ、と二人感心する。もみくちゃにされて落ちて踏まれるなんてことがないように、昼間ここを通るならシュオールは鞄行きだ。朝だからいいけれど、人が多いと盗みも出ると聞いた。しっかり自衛してくださいね、と宿を出るときに言われた。

大通りから少し外れた場所にあった小さな店に入る。お茶が飲める店らしい。大きな窓越しに見えるメニューを見て、ここで昼まで過ごそうと決めた。扉を開けるとからん、とベルの音がする。その音を聞いてか、奥から白いエプロンをつけた少女が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ、ええと、お席は…」

 シャツの胸ポケットから顔を出しているシュオールをみて困ったような顔をする少女に、一人用の席で構わないことを告げる。

「料金はちゃんと二人分払いますから」

「あ、はい、わかりました」

 窓から通りが一望できる席に案内される。シュオールを机の上に置いて、椅子に座って店内を見回す。赤茶色の煉瓦で作られた建物で、壁際に植物が植えられている。確か煉瓦製の鉢に植えるのが基本だと本で読んだが、この店では室内の一角に土を盛り、背の低く細い木を植えている。旅に出る前に森中の他の国に関する本を読み漁ったけれど、こんな植物の飾り方は見たことがなかった。

「おいルーシェ、なにぼんやりしてんだよ。俺どうやってお茶飲むんだよこれ。妖精族は珍しいみたいなこと宿の人も言ってたし、小さい容器なんてねえだろきっと。何考えてんだよお前」

「…え? あっ…ごめん、何も考えてなかった…」

 机の上、小さな声で僕に怒るシュオールを見て、一瞬思考が停止する。どうしよう。このお店よさそうだな、お茶が飲めるお店ってカフェって言うんだっけ、こういうのって森にはないし行ってみようかなみたいなことしか考えてなかった。内心慌てる僕を呆れたように見ているシュオール。足音がして、僕らのいるテーブルの横に黒いエプロンを身に着けた若い男性がやってきた。

「妖精族の方がいらっしゃるとお聞きしたのですが、生憎当店では妖精族の方に扱える大きさのカップの用意がないのです」

 申し訳なさそうにそう話す青年に、むしろこちらが申し訳なくなってくる。

「そもそも魔族のお客様自体が珍しいので…。そこで店内の様々な容器を確認したのですが、これくらいの大きさなら大丈夫でしょうか」

 シュオールの前に小さなミルクピッチャーが置かれる。本で見たものよりも一回り小さく、シュオールには少し大きいがなんとか扱えそうに見えた。

「…っすみません、そこまでしていただいて…。ありがとうございます、お代は少し多めに払います」

 驚いて惚けていたがそれどころじゃない、と慌てて礼を言う。

「いえ、よろしいのです。お客様であることに変わりはありません。それに、カップがないという理由で当店の紅茶を楽しんでいただけないというのは、とても残念ですから」

 あまり有名ではありませんが、この国は紅茶もおいしいのですよ、と青年は誇らしげな顔をする。そしてテーブルから間延びしたような声が聞こえる。

「ありがとーございます。ご厚意に甘えて、俺この、アップルティーがいい。ルーシェは?」

「あ、じゃあええと…オレンジティーと、クッキーの盛り合わせを」

 青年が奥のキッチンへ消えていったのを見届けて、シュオールはすげえな、とつぶやいた。

「誇り、ってやつか。どんな客でも満足させたい、みたいな?」

「それは誇りとはちょっと違うような気もするけど、合ってると思うよ。誇り、ってのは紅茶やお菓子の味だろうね。…紅茶か、森じゃ飲めないな」

 確か紅茶は茶葉を摘んで乾かしただけじゃできなかったはずだ。作業工程が多いと、妖精族では難しくなってくる。僕らのいた森は他にも点在する妖精の森の中でも大きいけれど、妖人族の方が少ないのに変わりはない。

他愛のない話をしていると、キッチンから甘い香りが漂ってくる。程なくして、紅茶とクッキーが運ばれてきた。甘く香ばしい小麦の匂い。独特な酸味を含むような香りはおそらく紅茶だろう。同時にリンゴとオレンジの香りもする。先程の青年がそれらをテーブルに丁寧に並べて、ごゆっくりどうぞ、と一礼する。

小さな花の絵が食器の端を縁取るかのような、上品なデザインの白いお皿に綺麗な円形に並べられたクッキーは、赤や橙のジャムが挟まれた鮮やかなものだった。同じ柄のティーカップには、オレンジの香りが漂う赤茶の液体が湯気を立てていて、かつて僕が何度も本で読み憧れた光景そのものだった。ちょうどクッキーの皿の近くにいたシュオールの前にも、先ほどのミルクピッチャーに入れられた紅茶がある。少し冷ましてくれたのだろうか。心なしか、僕のカップから漂う白よりも少なく見えた。紅茶を口に含む。ふわりと鼻に抜ける柑橘の香りと、舌に感じる少しの酸味、次いで苦味。普通の人族にはわからないくらいだが、僕はこの苦味があった方が好きだな、と思った。ちょっと熱いけど面白い味だ、とシュオールは呟いて、それでも彼の手には大きいミルクピッチャーを両手で持って紅茶を飲んでいる。

「俺はほら、本とか読むのあんま好きじゃなかったからよくわかんなかったけど、こういうのがルーシェの憧れた外の世界だったんだな。なんか、憧れる気持ち、わかる気がする」

 思わず聞き返せば、悪いかよ、と少し頬を膨らませる。少し驚いた。彼は僕と正反対の性格で、あまりこういうのには興味がないと思っていたから。それでも、少し考えて思い直す。この店に入ることは、シュオールだって分かっていた。白を基調とした小洒落た店が嫌なら、最初からそう言うはずなのだ。彼は基本的に嫌なことは嫌だと言う性格だから、僕の趣向に合わせて、なんてことはないだろう。彼は異を唱えなかった。つまり、少しは興味があったというわけで。

「…ああもう、そんな微笑ましそうな目で見るな!クソ、言わなきゃよかった」

 照れ隠しなのかカップを持たない手をげしげしと蹴りながら、早くクッキー寄越せと催促してくるシュオール。はいはいと苦笑しながら、僕はまだ温かいクッキーを半分に割るのだった。



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