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食事をとるためにテーブルの前に席を移すと、最初に話しかけてくれた旅人が隣に座った。もう食べ終えたのだろう。彼の前に皿はない。
「いやぁ、悪かったよ妖精くん。にしてもその笛どうなってんだ?明らかに小さいのに、普通の楽器と同じくらいの音が出てやがる」
「詳しい仕組みは俺も知らねえんだよな。確かに俺が作ったやつだけど、製法自体は妖精族の間に伝わってるものなんだ。あー、確か作り方は小人族が編み出したものだっけな?作る過程で少量の魔力は込めるが、それはルーシェ…こいつの持ってる竪琴も同じ。だからどういう原理ででかい音が出るのかはわかんねえんだよ」
「魔力を込めてるならそれが音をでかくしてるんじゃないのか」
「多分違うね。自分以外に演奏できないようにするのが目的で込めてるからな。ほかの種族は知らんが、妖精とエルフは自分で使う商売道具は自分で作ることになってる。画家なら画材、吟遊詩人は楽器、って具合に。たった一つしかないものだから、自分以外の人に使えちゃ困るんだよ」
小さくちぎったパンを頬張りながら解説するシュオールに、僕は行儀が悪いと注意する。
「なるほどなぁ。じゃあ小人族にでも聞けばわかるかもしれないのか」
「レシピを見せるか現物を見せればあり得るかもしれませんけど…」
「もうすっごく昔の話だ。魔族ってったって寿命は人族と同じだし、作り方を考えた小人族はとっくにいないだろ」
「興味深かったんだけどなぁ…残念だ」
メインディッシュは野菜の炒め物。様々な野菜が少量の肉と一緒に炒められている。少し濃い味付けだが、パンによく合う味。初めて食べた肉は、見かけの厚さに見合わず柔らかくゆでた根菜のようだ。しかし肉の筋も感じられて、野菜にはない食感に驚く。端についた脂は舌の上でとろりと溶け、野菜と絡んで今まで食べたのとは違うおいしさが口の中に広がる。
「どうですか、お肉の味は?」
にこにこしながら女主人が話しかけてくる。
「とてもおいしいです。でも、やっぱりちょっとくどいかもしれません」
「んー、俺も同意。たくさん食べれそうだとは思わねえかな」
「やっぱりそうですか…種族としての特徴ですから、仕方ないことですけど。でもこの国のお肉はとってもおいしいって知ってもらえて、嬉しいです」
「肉を食べた妖精なんてそんなにいないだろうしなー。好奇心のあるやつらはともかく、年寄り連中は食えないって決めつけて肉って聞くだけで顔しかめるし」
口々に感想を言いながら料理を平らげていく。そういえば、パンの味も少し違う。薄くスライスされたパンは白というより茶色に近く、独特の酸味が口に新しい。
「そういえば、このパンも食べたことないですね」
「このあたりの地域でよく食べられているパンなの。地域としてはここから東一帯になるのかしら?大陸でよく食べられているのはアーティブを使った白くふっくらしたパンだけど、イーストアーチェスタ東部ではセカーレを使ったパンが主流なのよ。分類としては同じパンだけど、区別するためにブロートって呼ばれてるわ」
ああこれか、とシュオールが素っ頓狂な声をあげた。知ってるのか、と聞くと彼は頷いて続ける。
「ガキの頃に本で読んだことあるぞ。いろんな種類のパンがあるんだってな。確か、ブロートはノースアーチェスタ北部でも主流だって書いてあった気がする」
「それは初耳。案外遠い場所でも同じものが食べられているのね!私も旅とか、してみたいわぁ」
女主人はうっとりと目を細めて、胸の前で手を握りしめた。
「でも、私にはお店がありますもの。だから、旅人さん達からいろいろなお話を聞くのがとても楽しみなの。身体はここから離れられないけど、心はいつでも大陸を旅してまわってる気分よ!」
森の話でもしてやればどうだ、と笑うシュオールにそれはシュオもできるだろ、と軽口。いつの間にか他の旅人達も集まってきて、それぞれ自分の見てきた場所の話をし始める。商人たちの集う国の話、誰もが何かを信仰している国の話、旅の途中でうたた寝をしていたら荷物を盗られそうになった話…。様々な話を聞きながら、テーブルの上のシュオールを見る。周りに負けないくらいの声で、彼は相槌を打ち冗談を言って話を盛り上げていく。昔からそうだった。冗談を言うのも、気の利いた返事をするのも苦手な僕。隣にはいつもシュオールがいて、相手の話を楽しそうに聞きながら、時々僕に話を振ってくれる。シュオールに頼りっきりじゃだめだ、と思って、一人でこっそり旅に出ようとしたけれど。今この場に彼がいなかったら、きっとこんなに楽しい話は聞けなかった。こんなに賑やかな夜は過ごせなかった。いつものように笑って話を聞いて、時折質問に答えたり、相槌を打つ。知らない場所なのに、普段と同じ流れ。心地よく、安心できるのに。やっぱり、頭の中で小さく警鐘が鳴る。
きっと、いつかは一人になるから。だからどうか、今に水を差さないでほしい。気づかなかったことにして、聞かなかったことにして。僕は食後のお茶を飲み、微笑んだ。