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「やっぱりいるんだな、反魔族」
「まあいるだろうね…召喚術使えないし、面倒なことにならないといいけど」
あてがわれた部屋で一息つきながら、護身用のダガーの刃を研ぐ。
「人族より感覚が優れてるって言ったって、人工物ばっかのここじゃ調子も狂うしな」
「暗くなる前に戻ってくる、裏路地とかに行かない…を徹底した方がよさそうかぁ…夜の街とか歩いてみたかったけど、仕方ないよね」
ダガーを研ぎ終えたら次は竪琴の調整。弦が緩んでいないか、音がきちんと出るかを確認する。
「すごく緊張してるんだよね。こんな大きな町で弾いたって聞いてもらえないんじゃないかって」
「今日は建物内だろ?」
「それでもいずれはこれでお金を稼がないといけないんだから。四大魔族の所に行くにしたって、徒歩で行くには遠すぎるし」
ドアが三回ノックされる。竪琴を手にして、僕は立ち上がった。
「何を弾こうか?」
「思いつかねえ。んー、旅人が多いんだろうし…あ、収穫祭の歌はどうだ?」
「そっか、もうそろそろ『実りの時』だっけ」
月の色が作物の成長に関係してくるこの大陸では、月の色のサイクルで一年の時を測る。赤い月は『種の時』、青い月は『青葉の時』、黄色なら『実りの時』で白い月が『休みの時』。単に月の色だけで呼ぶときもある。月の色が薄くなったらその時は終わりが近い。
「時期的には丁度いいだろ。明るい曲だし」
会話をしながら扉を開けて、廊下を歩く。故郷の曲を奏でているのもいいけれど、きっといつかは自分達で作らないといけないのだろう。あるいは、他の国や街の曲も集めてみたい。滞在中に作れるだろうか。誰かからこの国の曲を聴くことができるのだろうか…。
食堂にはちらほらと人が集まっていた。僕らの姿を見て、女主人が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「みんな集まってくれたわよ!やっぱり、旅人さんは魔族に抵抗がないのね。若い音楽家たちの演奏を楽しみにしてくれてるわ」
「音楽家ってほどでもないですよ。まだ故郷の曲を演奏しているだけですし…」
「お、君が話に聞いていた吟遊詩人かい」
四十代くらいだろうか。一人の旅人らしき男が横から話しかけてきた。
「やっぱり若いねぇ。いくつなんだい?」
「二十五です」
「俺はにじゅう、さーん」
肩の上に座っていたシュオールも間延びした声で答える。
「そっちの妖精族も吟遊詩人なのか!いやぁ驚いた。馬鹿にしているわけではないが…その体で演奏できるのかい?」
「ちゃんと妖精族用の楽器があるんだ。演奏できるに決まってるだろ?」
「そうだなぁ、疑って申し訳ない。楽しみにしてるよ」
男が去った後、シュオールは不機嫌そうな声で失礼なやつ、とつぶやいた。軽くなだめていると、パンパンと女主人が手を鳴らした。
「みなさん、時間あわせて夕食に来てもらってありがとうございます。お話しした通り、今日は二人組の吟遊詩人の方がいらしていてね。滞在中、演奏していただけるように頼みました。音楽と食事で、疲れを癒していってくださいね」
(おいおい、この流れで収穫祭のアレはまずくないか?)
耳元で小さくささやいてくる。確かにその通りだ。疲れを癒す、には程遠い。用意された椅子に座りながら、こっそりと竪琴に指でつきのうた、と書いた。わかった、というささやきを確認して、弦に指を添える。そういえば、この曲は笛がメインだったなと思いながら…演奏が始まった。
森に伝わる唄の中でも古い唄である『月の唄』。元々は、豊作と幸運を祈り満月の夜に魔力を込めて奏でる儀式用の唄だ。妖人族が生まれる前、妖精族の奏でる縦笛と古い古い妖精族の言語で作られたものらしい。今は大陸で言語が統一されてしまい、もうその言語は文献にしか残っていない。今奏でているのは古い言語を翻訳しわかりやすくしたものであって、本来の役目を果たすことはできない。二人で演奏できるように、またシュオールが演奏できない時でも弾けるようにさらにアレンジが加えられている。
妖精の笛は特殊だ。小さいながら、大きな音が出せるような仕組みになっている。だからシュオールは両耳に、僕は片耳に耳栓をしている。それでも音が聞こえるくらいだ。もちろん、普通に聞く分には問題ない。しかし、小さい耳の妖精族がまともに聞いたら耳が壊れてしまう。そんな音を耳元で演奏しているから、僕も耳栓を使わないと耳が壊れてしまうだろう。そんな僕を気遣ってか、彼は竪琴を弾くタイミングで肩を蹴って合図してくれる。それにしても、いつの間に竪琴の楽譜も覚えたのだろう。
長い笛の音で演奏が終わる。誰もが食事の手を止め、曲に聞き入っていた。少しの沈黙と、拍手。賞賛の声。
「それ、何の唄なんだい?」
旅人の一人が尋ねる。
「月の唄、っていうんだ。妖精族に古くから伝わる儀式用の唄なんだが、今演奏したのは聞きやすいようにアレンジされたものなんだ」
耳栓を外したのか、シュオールが答える。確かにこれは妖精である彼が解説すべきだろう。