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Yonge & Finch  作者: 森羅万象
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第二章 雷


この比較的広大な敷地は兵士を育成する場として使われている。数年前までには兵士の数も今の十倍いたが、二ヶ月前の出来事によって人々の兵士育成場に対する価値観は急変した。市街地を抜けたらこの育成場にいずれはぶつかる。市街地といっても小さな家が二十から三十戸くらいしかない、ただ単に人口が一番集まっている所だ。人口が減ったせいか、さらに田舎ぐささが町中からにじみでている。

「全く本当につまんないな、この町は」汚い服をまとう少年が言う。

自分としては町と呼ばれるための条件など、他の街に行ったことがないため知りもしない。それは横にいる傷だらけの少年にとっても同様な話だろう。しかしもう町という言葉に聞き慣れた以上、その考えはもう捨てた。


雨の量が毎秒増える。空には真っ黒な雲、そしてその暗黒をまっぷたつに斬る様に白い光が目に映る。数秒遅れて大音量が鼓膜を刺激する。そこらの屋根裏に隠れた自分は雨の中を放浪する少年をみて呆れる。

「ケーン、濡れるのはもう十分だろう。お前もこっち来いよ」と誘ってみるも彼は空を見ながら歩きつずける。

「たまには濡れようぜ、雨降ってるからって決まったように隠れてんじゃねえよ」彼は振り向いてからそう言った。一瞬その顔には涙が見えたが、ありえないと思った途端自分もすでに濡れていた。


目的地が無ければやることもない。ただ足元を見ていた自分は逆に彼に感謝をすべきではないかと考えだす。よく考えればこの魅力の欠片もない町で過ごしてきた十二年間はこの順風爛漫な少年によって救われたのだと、いつもは意識すらしたことない事に感謝の気持ちが込み上がった。外には誰もいない。さっき見た兵士たちも訓練を中断してお茶でも飲んでいることだろう。それもそうだ、彼らを率いる能力をもつ者などいない。どうせなら、すでに容赦なく自分を毎日引きずり回すケーンの方が適役だろう。彼もきっとそんな馬鹿げたことを心の奥底で思っているに違いない。


雨が次第に強くなるとケーンが市街地を走り抜く。どこに行くのかと少し戸惑ったが、走って彼を追うことにした。距離が縮みはじめる。あともう少しで追いつきそうな時に彼は急に止まる。

「いきなり止まんなよ」彼の背中にぶつかったらそういった。しかし彼は空を眺めていると、そこから目を離さかった。何が見えているのか不思議で自分も試してみた。何の変哲もない雨雲が空を隠している。

「おい、今見たか?」汚い歯を見せつけながら自分に問い始める。

「見たってなにを?」自分には彼が何を示していたのかが検討も付かない。彼はしつこく同じことを聞いてくる。聞いては空を観察していた。

「雲にでっかい影があそこらへんから一瞬でそっちのほうへ」と彼は指を指しながら説明する。体中が震えた。しかしそんなことは信じたくない。


雷の音が町中に響く。まるで雷から身を潜めるためだけに人々は家のなかにこもる。自分たちと一人を除いては。次第に雷の音は聞こえなくなってくる。雨は相変わらず強く自分の服を重くしてる。しかしこんなときでもいつものように金槌が鉄に強打する音がかすかに聞こえる。

「おやっさんは真面目だな、こんな日に働くのはあの人しかいないぜ」。

彼がおやっさんと呼んでいるのは、今朝、自分の目の前で冷えたスープを堪能していた変わり者の大男だ。ぶっきらぼうな彼は町人からは白い目で見られているものの、横にいる少年にとっては英雄らしい。彼の仕事ぶりは確かに尊敬に値するものだと思っているが、毎日一緒に住んでいると正直やりにくい。彼が壁の上で作業をしているのが小さく見える。


ずぶ濡れの状態で家に帰ると母が座って編み物をしていた。自分の格好を認知した母が何お言い出すのかと思ったら、文句の一つ言わなかった。

「ケ一ンはどうしたの?」あの堅い口から親友の名前が出たのには驚いた。

「帰ったよ、家に」自分はそういうと母は編み物を止め自分の目の前でしゃがみ、下から話しかけてきた。

「キ一ル、彼といて楽しいのはわかるけどたまにはいえのことも手伝いなさい」優しい声で自分にそう言った。母も悪気は全くない、むしろケ一ンのことは息子のように今まで慕っていた。

「家の手伝いするときはあの子を呼びなさい」そう言うと作業に戻った。自分はそう聞いて笑顔を止められなかった。今まで彼を家に招くのは新しい父のこともあっていけないことだと思っていた。それを人柄にもなく遠慮していた親友にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「本当にいいの?」と聞いてみたら母は笑顔になるだけで何も言わなかった。


一旦おさまった雨も夕飯の時間にはまた降っていた。すぐ食べ終わった自分はやることがないため寝場所で寝ようとする。しかし気持ちが高ぶっているのか全く寝付けられない。他の二人はちょうど自分に聞こえない音量で話し合っている。あの二人の話は聞いてみたいものだが、体がそれに反対する。


今日は特別に不思議な気持ちで目を覚ました。本当に変な夢をみた、しかし内容は全く覚えていない。鼻を使って呼吸することができないことに気がつき、自分が風邪をひいている状態だと認識するのに時間はかからなかった。食卓に向かうと既に父が外に出る準備をしていた。自分に一瞬目を向けた後「行ってくる」と言い外へと出た。ドアが開いてやっと今日の天気を知る、昨日と同じく大雨だった。毛布を体にかけた自分はてんじょうに空いている穴をじっと見つめた。なんだか今日は気味が悪い、体調が優れないのが理由か?


父は二年前に、この町に大工として引っ越してきた。その才能はすぐに認められ、町を囲む壁をより高く、頑丈に作る仕事を任せられた。しかし人を寄せつかない大男ならではの雰囲気を出し続けるせいか、町人からは何をしでかすかわからない危ない奴と認知されるしまつだ。それに鉄など町では手に入らない物はよその町で買う必要があるため壁外に出られる許可を保持する特別な人間だと嫉妬されることもあるだろう。自分からしてみれば、彼が壁外に出ると一週間ぐらい帰ってこないことから自分の家も住みやすくなると少し心に余裕ができる。


父が出て行った後はゆっくりと寝場所に戻る。寝るためではないが、朝食を食べたあとにケ一ンが珍しく自分の家に出向かなかったからだ。いつもの時間は既にすぎ、自分から彼にで向こうと寝場所を離れ、詰まった鼻に構わず彼の住んでいる家へと向かった。雨は止んだが町中はドロドロにぬかるんでいた。一歩一歩進むごとに片足が沼のような土に沈んでいた感触はあまりにも気味が悪い。目的地に辿り着く時にはまた雨が降り出すことだろう。

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