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Side:いづみ-4-

 ところで、神原さんが言っていたとおり、健人が専門学校内で結構もてるというのは本当らしい。

 それというのも、彼と同室の東條恵太、それに隣室の十四号室の如月由貴は専門学校や寮の先生たちに「三バカトリオ」と呼ばれており、校内でも目立つ存在だという話だったので。

 最初に神原さんにそのことを聞いた時――(へえ、そうなんだ)とわたしは軽く思っただけだったけれど、ボランティアとして週に一度、数回通っているうちに、そのことを除々に実感するに至っていたかもしれない。

 つまりどういうことかというと、女子寮へ行ってもだんだん誰もわたしと口を聞いてくれないようになったということだ。どうやら健人の奴は、寮内で「ボランティアの鷲尾さんが好き!」と言ってまわったのと同じ口で、学校内でもかなり大っぴらにそのことを振れてまわったらしい。

 以下は、健人が席を外している時に、恵太くんがわたしに話してくれた健人語録の一部だったりする。

「いづみさんが次にボランティアにやって来るまであと三日かあ~。その三日が三か月にも思えるなあ」、「いづみさんって、玉子焼き作るのうまいんだって。俺もいづみさんの作った玉子焼きが食べたい」、「いづみさんって、どういう男がタイプかな。俳優の名前とか言われても、俺目が見えないからわかんないじゃん」、「ああ、いづみさんに会いたいな~」、「せめて一回でいいからいづみさんとデートしたい」……などなど。

「とにかく、休み時間には最低三回はいづみさんいづみさんいづみさんって言ってますね」

 そう言って恵太くんはわたしに劣らずげらげらと笑いだした。

 健人と同室の東條恵太くんは、見た目いかにもスポーツマンっぽい感じの、色が黒くて健康そうな雰囲気の男の子だった。それに対し健人のほうはといえば、ひょろりともやしのように細長くて、色白で見るからに病的な感じに見えるというか。

 でも、そんなふたりが親友同士だというのは、なんだかとても面白いような気もする。

「いやもう、マジで聞いてるこっちのほうがつらいっスよ。朝は布団を抱きしめながら「いづみさ~ん!」って言ってて、食堂でメシ食ってる時もいづみさんがどうこう、学校の休み時間も同じようなことばっかり繰り返し言ってて……ほんと、俺も由貴よしたかもいいかげん参ってるんだ」

 若葉寮で<三バカトリオ>と呼ばれる残りのひとり、如月由貴くんは、わたしにとってちょっとミステリアスな感じのする子だ。

 健人と恵太くんは出会った瞬間、すぐに心を開いてくれたという感触があったけれど、彼はわたしが話しかけてもどこか曖昧な反応しか返してこない。

 もっともそれがどうしてなのか――わたしはこの日、女子寮でそのことを知ることになるのだけれど。

 一階の詰所に呼ばれていた健人は、自分の部屋へ戻ってくると、わたしと恵太くんの笑い声を先に聞きつけていたのだろう、流石に少し罰の悪そうな、赤い顔をしていた。

「恵太、どうせ俺のことをいづみさんにチクってたんだろ?ほんと、おまえって友達甲斐のない奴!」

 健人はコンポの前までいくと、クイーンの「I was Born to Love you」を止めて、自分のCDラックからシベリウスのカレリア組曲を選び、それをプレイヤーに載せていた。

「あ~あ、またおまえはそういう辛気臭いのを聴くんだな。俺はもっと気分が盛り上がるような、明るい曲が好きだっていうのにさ」

「うるさい!恵太みたいなロックバカには、クラシックの高尚ななんたるかなんてわかんないだろ」

「鷲尾さんは、健人の言ってること、わかります?」

 そう恵太くんが小声で聞いてきたので、「ううん、全然」とわたしは少し意地悪な答えを返した。

「あ~もう!いづみさんまで!いいんだ、俺なんかもう一生恋もしないで独身で死ぬ運命にあるんだ……きっと誰も俺のことなんか理解してくれなくてさ、ある日駅のプラットフォームで電車を待ってる時に突き飛ばされて不幸にも死ぬんだ。きっとそうなんだ……」

「まあまあ、そんなに拗ねないの!」

 ベッドに座る健人の隣までいって彼の頭を撫でると、健人もいくらか気分を良くしたようだった。

「恵太さん、少しは気を遣ってどっか行ってください」

 健人が少し赤い顔をしたままそう言うと、拡大鏡を使って漫画本を読もうとしていた恵太くんは、思いっきり眉をしかめていた。

「やれやれ。恵太さんかよ。俺、ワンピースの続き読もうと思ってたのに……しゃあねえなあ。由貴の部屋にでもいって油売ってくるか!」

「あ、べつにいいわよ、恵太くん。健人の言うことなんかいちいち本気にしなくても」

 わたしは一応そう言ってみたけれど、恵太くんは漫画本を手にして部屋から出ていった。「それでは、ごゆっくり」なんていう言葉を立ち去り際に残して。

 ――まあ大体、わたしが男子寮へやって来ると、健人の部屋へやって来て、こんな感じで話をして終わることが多い。

 でもわたしはある時、これではボランティアというよりも仲のいい友達の部屋へ来ておしゃべりしているだけではないかと思い、ボランティアとしての本分を失してはいないだろうかと、神原嬢に相談したことがある。

 もっとも神原嬢曰く、「そう難しく考えなくて大丈夫」ということだった。もし仮に男子寮に数名、わたしが来るのを楽しみにしている寮生がいて、それにも関わらずわたしが誰かひとりだけ贔屓にしているとしたら問題だけれど、健人に関してはまわりの全員がその状態を納得しているので構わないというのだ。

(それもなんか、ちょっとねえ……)

 健人が少し調子に乗って、「膝枕してくれませんか?」などと言ってきたので、それは出来ないと断ったあと、わたしは女子寮へ向かう渡り廊下のところで、複雑な溜息を着いていた。

 以前、福祉関係のセミナーに参加した時、講師の精神福祉士の女性が「ただ楽しいだけのボランティアは何かが間違っている」と話していたことがある。そしてその講演を聞いていて、まったくそのとおりだと、わたしは何度も頷いていたのだ……けれども、今わたしは健人と毎週会うのが本当に楽しみで仕方がない。

 彼が毎土曜にわたしに会えるのを楽しみにして、一週間学業に耐え忍んでいると言っていたように――わたしもまた、毎週土曜に健人に会えることだけを楽しみに、最近では仕事に励んでいるようなところがある。

 でも、講演会で「自分の善意を上から押しつけているだけのボランティアは、本当のボランティアではない」と講師の女性が言っていたのとは別の意味で――わたしはこの日、確かに「ただ楽しいだけのボランティアは存在しない」ということの意味を知ることになった。

 それというのも、健人の部屋を出て娯楽室の前を通りかかった時に、由貴くんと恵太くんが話している会話が耳に入ってきてしまったからだ。

「あの人さ、一体いつまでここに来るのかな」

「いつまでって……まあ、ボランティアで長い人は五年以上もいたりするし、鷲尾さんもそんな感じになるんじゃねーの?」

「そうかな。俺はあの人がもしここに来なくなったら、健人がどのくらい傷つくことになるか、そっちのほうが心配だよ」

「でもさ、由貴が心配してるのって、正確には繭香のことだろ?おまえもほんと、お人好しな。健人が鷲尾さんのほうを向いてる間に、繭香のことはおまえが取っちゃえばいいんだって」

「そんなこと、できるわけないだろ」

 ――由貴くんと恵太くんのこの会話のやり取りで、わたしは色々なことがすべてわかってしまった。

 由貴くんがわたしが話しかけてもどこか一線を画すような態度だったのが何故なのか、また女子寮の二階、十五号室にいる森繭香が、毎回わたしが訪ねるたびに甘えるような態度で色々聞いてきたのが何故だったのかも……今にして思うと、彼女は自分が好きな青年である二階堂健人が好きだいう女がどんな人間なのか、探りを入れていたのだろうと思う。

(そっか。なるほど……そういうことだったんだ)

 わたしはここに至ってようやく、若葉寮内と桜寮内における人物相関図がどんなものなのか、だんだんにわかりはじめていた。

 おそらく、一般の人が視覚障害者と聞くと、「目が見えない」状態、全盲の状態を想像するかもしれないけれど、ここの男子寮、女子寮ともに、実は健人のように全盲の状態の生徒というのは半数にも満たないのだ。

 どちらかというと、恵太くんのように視野が狭くて物を見る時には拡大鏡が必要といったタイプの、「見えにくい」障害を持っている子のほうが入寮している人数としては多い。

 そして森繭香は、女子寮の中ではもっとも「目の見える」女の子だったといっていい。

 視野のほうは十度ほどしか見えないそうだけれど、それでも眼鏡で矯正すれば視力は0.2くらいになるという話だったから、他の子に比べればかなりのところ「見えている」ほうだと言っていいだろう。

 わたしが健人と同じクラスだという繭香ちゃんと仲良くするようになったのには、あるひとつの経緯がある。

 おめでたいことに、わたしは女子寮の女の子たちが何故わたしに対してよそよそしい態度をとるのか、その時はまったく気づいていなかった。そしてそんな中で唯一懐いてくれたのが森繭香で、わたしは男子寮では健人の部屋を、女子寮では森繭香の部屋を訪ねることが多くなっていたのだ。

「健人と由貴は幼馴染みで、わたしと恵太は同じ盲学校の出身なのよ」

 部屋にダルビッシュのポスターが貼ってあったので、「野球が好きなの?」とわたしは聞いたのだけれど、彼女はその質問には答えず、まったく別の話をしだしていた。

「それでね、由貴はわたしのことが好きなの……先生って、今までに本当に誰かを好きになったことってありますか?」

「え~と、そうね。まあ、それなりにね」

 ――これは健人と話している時もそうなのだけれど、森繭香もまた、どこか嘘をつけない雰囲気を持っている、また嘘をついてもそれを鋭く見抜くといったような雰囲気を持っている子だった。

 でも、二十一歳から二十三歳くらいまで不倫を経験し、その後職場の同僚にプロポーズされたが結局破談になった……なんて、いくら本当のことでもそんなことは話すべきではないし、わたしは適当に誤魔化すようなことしか言えなかったのだ。

 すると、繭香はどこか「鷲尾さんは恋愛経験ってあまりなさそう」と決めつけてかかったようで、わたしの気のせいかもしれないけれど、彼女はこの時少し、馬鹿にするような笑いを浮かべていたと思う。

 けれども、その一点を通過したあとは、繭香はわたしにとってとてもいい女の子だというイメージしかなかった。何分、容姿のほうがアイドルのように可愛いこともあり――わたしは彼女と話していて、「これでもし視覚障害がなかったら、スカウトされて芸能界デビューしてもおかしくないくらいなのに」と感じることもしばしばだった。

 でもこの日、全盲の女の子の部屋で他愛もないような世間話をして、わたしが男子寮のほうへ戻ろうと思った時……またしてもわたしは気になる会話を耳にしてしまったのだ。 

「あの人、今日もまた来てるの?」

「うん、来てる来てる。健人くんは繭香ちゃんがずっと好きな人なのに、ひどいよね。突然やってきて横どりするなんて」

「なんかあの人、本当はすごく性格悪いらしいよ。いつも自分の自慢話ばっかりしてるって繭香ちゃん言ってたもん」

「え~っ!何それ、最低じゃない!?」

「たぶんさ、外の世界で誰にも相手にされないから……こういうところに来て、男を漁ってるんじゃないかな」

 ――流石に打たれ強いわたしも、この女生徒の最後の一言にはグッサリきた。

 ふたりとも、わたしが部屋を訪ねてもいつも無視するか、冷たく「いいです」とか「結構です」といった言葉を並べる子たちで、その理由が何故だったのか、今初めてわかったのだ。

 いつもなら、わたしは女子寮から戻ったあと、最後にまた健人の部屋へ顔を見せてから帰るということにしている。

 でもこの日ばかりは流石に……気分が凹むあまり、そんな気持ちにさえなれなかった。

 そしてその代わりに、「ボランティアをやめようかと思う」という相談を、神原嬢に対してわたしはしたのだった。

「あ~、森繭香ね。わたしも一応、話には聞いてるけど」

 神原嬢は、とても濃くて美味しい紅茶を入れてくれたあと、ザッハトルテの載った皿をわたしに勧めてくれた。

「一応、一見手のかからない優等生に見えるのよね、彼女って。でもいじめとかなんとかいうのとはまったく別なんだけど――あの子を敵にまわしたら女子寮では終わり、みたいな雰囲気、確かにあるって他の職員にも聞いてるわ。女子寮の中では比較的見えるほうな子だもんだから、率先して他の子を色々手伝ったりとか、先生のお手伝いしたりとか、そういう面ではすごくいい子なのよ。まあ、森さんが二階堂くんのことを好きっていうのは、わたし知らなかったな。わたしは男子寮にずっといて、女子寮とか学校であったことなんかは全部、他の先生方を通して、間接的にしか聞いたりしないもんだから」

 遠慮なく食べて、と重ねて言われ、わたしは美味しいザッハトルテにフォークを刺しながら、再び溜息を着いた。

「なんていうか……生徒さんの成長を阻害するようじゃ、わたしのやってるボランティアなんて本末転倒だなと思って。最初にここへ来た時、思ったんです。なんて空気が澄んでるんだろうって。それがどうしてなのか初めはわからなかったんですけど――何度か来てるうちにそれが何故なのか、なんとなくわかるようになってきて。つまり、人の悪口とか陰口とか中傷の影みたいなものが、ここにはほとんどないって気づいたんです。視覚障害者の方って、多くの情報を耳に頼ってるでしょう?だから、嫌な言葉とか汚い言葉に心が敏感に反応するんだっていうのが、空気的にすごくわかって……わたしはその清らかな感じが好きだったけど、自分自身が今その嫌な言葉とか汚い言葉の対象になってるんだと思うと、なんのためのボランティアなのかさっぱりわからないような気がして……」

「そうねえ。なんだったらべつに、鷲尾さん、男子寮にだけボランティアしに来たらいいんじゃない?他のボランティアの人でもたま~にいるのよ。女子寮の生徒さんとは気が合うけど、男子寮の子たちとは波長が合わないとか、その逆の人とかね。何より、今鷲尾さんがここに来なくなったら、二階堂くんがどのくらいがっかりするか……わたしはそっちのことのほうがよほど心配よ」

 わたしは再び、はああ~と重い溜息を着いて、自分の気持ちを落ち着かせるために紅茶を一口すすった。

「あの、わたしがボランティアやめようって思うの、まず健人のことが第一にあるんですよ。わたし、恋愛感情っていうんじゃないけど、確かにあの子のことが好きです。それは認めます。でも、それは繭香ちゃんが健人のことを好きだって知らなかったから、ある意味無神経なことが出来たってことで……もし仮に、わたしがここへ来なかったら、繭香ちゃんが今ごろ健人に告白していておつきあいとかしてたかもしれないじゃないですか。そう思ったら、わたしは健人の傷が浅い今のうちにいなくなったほうがいいんじゃないかなって……」

「そうねえ」と、紅茶のカップを持ち上げて、神原さんは首を傾げた。「まあわたしも森繭香のことを直接知ってるわけじゃないから、なんとも言えないんだけど――あの子って、あの容姿だから専門学校のほうでもマドンナみたいに扱われてるみたい。つまり、森繭香に憧れてる男の子や彼女のことを好きって男子はたくさんいるらしいのよ。でも彼女は二階堂くんのことが好き……そうね。このあたりのことはもしかしたら、東條くんにでも詳しく聞いたほうがいいのかな。わたしが思うに森繭香は、他の男子を何人も夢中にさせつつ、何故か二階堂くんだけは自分に靡かない、それで彼を振り向かせたいと思っていたところ、鷲尾さんという強敵が現れた……みたいな感じがするのよね。それと、性格的に二階堂くんは森繭香みたいな子、たぶん好きじゃないと思うの。だから鷲尾さんも、そんなに深く気にすることはないんじゃない?」

「えっと、でも、わたしはあの子たちより九つも年上なんですよ?なんかそんなおばさんが若い人たちの恋愛の邪魔をしてるって思ったら……わたしは自分が身を引くのが当然っていうか……」

 この時、詰所の電話が鳴って、「ちょっとごめんなさいね」と言って、神原さんは受話器を取った。

 話の内容的に、仕事の長い会話が続くだろうと予想されたので、わたしは自分が食べたケーキのお皿と紅茶のカップを洗うと、神原さんに軽く会釈してから詰所を出た。

 そしてドアを出たところで、どこかふてくされた顔をした健人とばったり会ったのだ。

「いづみさん、俺、森繭香のことなんか、なんとも思ってないよ」

 最初に会った時と同じく、健人は車椅子に乗り、それで右や左へ行ったり来たりしながら、まるで通せんぼでもするみたいにわたしのことを先へ行かせなかった。

「あんたねえ、立ち聞きするなんて、少し趣味が悪いわよ」

「別に、最初は聞くつもりなんかなかったんだ。第一、いづみさんがいけないんじゃないか。いつも来てくれる時間のとおりに来てくれないから、もしかしたら帰っちゃったのかなと思って……そしたら詰所のほうからいづみさんの声がしたから、神原先生との話が終わるのを待ってたんだ」

 それなら立ち聞きも仕方ないか、と思い、わたしは健人が手首にしている、視覚障害者用の時計に目をやった。確かに、いつも彼の部屋を訪ねる時間より、十分ほど過ぎている。

「あのね、この際だからはっきり言っておくけど――確かにわたしは健人、あんたのことが好きよ。でもそれは恋愛的な意味の好きじゃないの。だからもう、ここへは来ない。わかった?」

 なんとなく視線を感じて振り返ると、電話を終えた神原さんが、受話器を置いているところだった。

 一階の一号室や二号室などにいる生徒たちも、わたしと健人の会話を聞きつけたのかどうか、部屋の入口から顔を出している。

 わたしとしても本当ならこういうことは……健人とふたりきりで部屋にいる時にしたかったけれど、一度口にしてしまった言葉はもう、取り消しようがない。

「どうして――なんでですか!?俺が今日、膝枕してほしいとか、厚かましいことを言ったからですか!?」

「あのね、そういうことじゃなくて……」

 わたしがそう言いかけると、「膝枕だって」と言って、ぷっと吹きだしている生徒を見咎め、神原さんが詰所から出てきた。そして、「あんたたち、さっさと宿題でもやったらどう!?」と言って、部屋のドアを次々と閉めにかかる。

「わたし、健人といて、ずっとすごく楽しかった。だけど、ただ健人の部屋に遊びにいっておしゃべりしてああ楽しいっていうんじゃ、ボランティアとは言えないと思うの。だから……」

「俺に会いにきて楽しいし、いづみさんは恋愛じゃなくても、俺のことが好きなんでしょ!?だったら来週もここへ来てよ。別に俺、なんか特別なことをいづみさんにして欲しいわけじゃないんだ。ただ一緒にいたいだけ。俺からその楽しみを取り上げないでよ!」

 ――まるで、体だけ大きな、精神年齢の低い子を相手にしてるみたいだった。

 これ以上理屈で何を言っても健人は納得しないだろうし、わたしはこの話し合いを一週間伸ばすことにしようと思った。

「じゃあね、来週の土曜日、もう一度だけ会いにくるわ。今のことはその時に、もう一回よく話しあいましょう。それでいい?」

「……………」

 健人はいいとも悪いとも言わず、納得しかねるように車椅子を動かしていた。

 そこに、階段のところでほぼ一部始終を聞いていた恵太くんがやって来て、健人の車椅子を後ろから押していく。

「鷲尾さん、健人のことは俺が適当になだめておきますから、気にせず帰ってください。まったく、駄々っ子みたいにみっともないところを人前で見せて、しょうがない奴だな」

「しょうがなくない!大体、おまえが繭香とつきあわなかったから、俺は今こんなややこしいことになってるんだ!責任とってくれ!!」

 わたしが持参したスリッパを脱ぎ、スニーカーに履き替えている間、健人の八つあたりを恵太くんは適当に受け流していた。

 そんなふたりのやりとりを玄関から出るまでの間聞いていて、わたしは健人くんと繭香ちゃんと恵太くんと由貴くんの間には、どうやらわたしが思った以上に複雑な関係性があるらしいと気づいていた。

 そしてそのことは次の週の土曜日――わたしが若葉寮の入口で靴を履き替えようとした時に、恵太くんからより詳しく聞くことになる事柄でもあった。




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