芝右衛門
「すまんかった。なにしろ我が狸御殿の姫さまがご婚礼を控えておって、みな神経を尖らせておるのじゃよ。ああ、わしは芝右衛門という、この狸御殿の家老である。城主の刑部狸さまのお留守を預かっておる最中でな、まあ、気を悪くせんで貰いたい」
それを聞いて、お花は手を叩いて喜んだ。
「ご婚礼! 素敵! 相手は、どんな人……じゃないわね、狸なの?」
芝右衛門と名乗った狸は、にこにこと相好を崩した。
「もちろん、ご立派な若御でな、隣国の狸穴より刑部狸さまが伴って、もうすぐ渡られる手筈になっておる。今夜、祝宴が執り行われる予定じゃよ」
それを聞いて、お花は更に眼を輝かせた。
時太郎の腕を掴んで掻き口説く。
「ねえ、祝宴だって! あたし、狸の祝宴って見てみたい! あんたも当然そうよね?」
時太郎は「え?」と意外そうな表情になってお花を見つめた。お花はもう、夢中になっている。
芝右衛門は賛成した。
「それがよい! 狸以外の生き物もこの祝宴に参じたとなれば、刑部さまも殊の外お喜びになられるじゃろう。是非、参加していって貰いたい! それにご馳走も出るしな……」
ご馳走、という言葉に、翔一の目が、きらり、と否応なしに光った。熱心に時太郎に向かって話しかける。
「時太郎さん、わたくし、狸の祝宴には非常に興味がございます。後学のため、ここは芝右衛門さまのお誘いに乗ったほうが、断固よろしかろうと愚考いたします」
とうとう時太郎は押し切られた格好になった。
「いいよ、もう……。その祝宴とやらに出ようじゃないか」
うんうんと芝右衛門は笑顔になっていた。