自己紹介
お花は翔一に話しかけた。
「あんた、ここに狸がいるって、言わなかったわね」
翔一は困惑した表情を見せた。
「わたくしは、苦楽魔の外に出た経験がないので、不案内でございます。ここに、このような狸御殿なるものがあるなど、ついぞ存じませんでした」
すると、階段から一匹の狸が降りてきた。どうやら地位の高い狸と見え、三人を連れてきた狸は、さっと敬礼をする。
「そいつらは何者じゃ?」
やってきた狸は年寄りらしく、毛皮に灰色の毛足が混じっている。声は嗄れ、軋るようであった。
「はっ! 苦楽魔の方向から我が狸御殿へと参った連中でございます。見ての通り、人間と河童の娘、それに烏天狗という、有り得ない組み合わせの三人連れで、胡乱な奴ばらと見て、連行いたしました!」
槍を持った狸は、きびきびと得意げに報告する。
うむうむ、と年寄りの狸は頷いていた。じろり、と三人を眺め口を開いた。
「名前を聞かせて貰おうか……」
ずい、と時太郎が前へ出た。
「おれは時太郎! ただし、河童の時太郎だ! 人間じゃないぞ」
狸は「ほ!」と口を開いたが、何も言わなかった。お花は、にっこりと微笑んだ。
「あたし、お花です! よろしくね!」
おずおずと翔一が答える。
「わたくし、見ての通りの烏天狗の翔一と申します。あの、これは、どういうお取り調べでございますか? わたしども、何も武器を突きつけられるような罪は、犯してはおりませんが」
狸は、さっと武器を構えた狸たちに合図した。
その合図に、狸たちは手にした武器を引いて後ろに下がる。