双つの月
二匹の言葉にお花は眼を丸くした。
「そ、それじゃ、そんなことでお互い、喧嘩腰で啀み合っていたって訳? 馬鹿みたい」
五郎狸は首を振った。
「いやいや、お二方も実に頑固者で御座ってな……なんとか我らも復縁を願っておったので御座るが、此度のことはよい切っ掛けとなり申した。ま、瓢箪から駒とでも……」
火明かりを受け、千代吉は呟いた。
「それじゃ、わたくしと狸御殿の姫さまとの縁談は、自動解消になりましたね。なにしろ義理の兄妹ということになったのですから」
心なしか、千代吉はほっとしているようだ。 芝右衛門は肩を竦めた。
「ま、そう言うことで御座るな。若様には、いずれ良い縁談をお勧めいたす」
その時、刑部狸とおみつ御前が連れ立って近づいてきた。
狸穴と狸御殿の狸たちは居住まいを正し、二匹の首領を見上げる。
刑部狸は重々しく宣告した。
「皆の者! われら二匹は、このたび夫婦となることに決まった! 長きにわたり、別々の道を歩んでいた狸御殿と狸穴の狸たちが、ついに元通りに一緒になるのだ!」
おおっ、と狸たちから喚声が沸き起こる。刑部狸の言葉を引き取り、おみつ御前が後を続ける。
「そうと決まったら祝宴だよ! さあ、皆々の狸たちよ、祝宴の腹鼓を聞かせておくれ」
狸たちは全員、勇躍して立ち上がった。
最初に、刑部狸がその大きな腹を突き出し、どおーんと低く鼓を打つ。
ぽこぽん、ぽこぽんと狸たちがそれに応じる。
ちゃかぽこ、ちゃかぽこと甲高い金属音を上げているのは千代吉だ。千代吉はどこから持ち出したのか、箸を両手に、鉄の茶釜の腹を陽気に叩いている。
時太郎は月を見上げた。
黙りこくっている時太郎の様子に、お花が声を掛けた。
「どうしたの?」
時太郎は微かに頷いた。
「あの双つの月から聞こえるんだ……」
「えっ」と、お花は聞き返した。
「聞こえるって、何が?」
時太郎は首を振った。
「判らない……でも、聞こえる……」
夜は更けていく。