黒煙
「ひいいい~~っ!」
おみつ御前は喚くと、さっと千代吉に近づき、片手でひっ攫うと、脇目もくれず、脛を飛ばして走り出す。
時太郎も、お花と五郎狸に向かって叫んだ。
「何してるっ! 逃げるぞ!」
お花と五郎狸は、びくっと我に帰った。三名は、武器を構えたままの狸の群れに突進する。
狸たちは「はっ」とばかりに身構えたが、時太郎たちはそれらに目も呉れず、足音を立て駆け抜けてしまう。狸たちは、呆然と三人を見送っていた。この狸たちは震天雷の威力を目にしていない。
そうと気付いた時太郎は振り向き、叫んだ。
「お前たちも逃げろっ!」
狸たちは只事でないことを悟ったのか、慌てて時太郎たちの後を追って走り出した。すでにおみつ御前は息子の千代吉を脇に抱え、一心不乱に遠ざかっていく。
奇妙な追いかけっこが始まった。
先頭はおみつ御前、その後を時太郎たち三名、殿軍に、武器を構えた狸たち。
走りながら、お花は時太郎に話しかけた。
「豆狸、どうなっちゃうのかしら? あいつ、あそこから逃げ出せたかしら?」
時太郎は短く首を横に振った。
「知らねえっ! とにかく、おれたちが危ないんだ……!」
時太郎が言いかけたその時、不意に背後から空気の塊といった感じの熱風が背中を打った。
「わっ!」とばかりに倒れこむ。
ついで「どお~んっ!」という爆発音が鼓膜を打つ。同時に、ずし~ん、と腹に響く震動。
地面に倒れこんだ時太郎は、振り返った。
見ると、土蔵のあった場所から、真っ赤な夕空に向かって、もくもくと黒煙が立ち上っている。
「豆狸ちゃん……。可哀相……」
お花は涙ぐんでいる。