御前の怒り
毒々しいほどの茜色の夕焼けが辺りを染め上げている。背後の光を受けたおみつ御前の輪郭が金色に彩られていた。
おみつ御前の後ろからは、数十匹の狸が、手に手に竹槍や棍棒を持ち、じりっ、じりっと迫ってきている。ゆっくりと顔を振り、わざとらしい上機嫌を装って、おみつ御前は語りかけた。
「なあるほどねえ……、どうも近ごろ五郎狸の様子がおかしいと思っていたが、まさか刑部狸らと通じていたとは、夢にも思っていなかった。南蛮人との打ち合わせが済むと、あたしが見張りを命じていた狸がふらふら帰ってくるじゃないか。訳を聞いて、あたしゃははん、と思った訳なのさ」
「ご、御前さま、これには訳が……」
「そうだろうともさ!」
慌てて弁解しようとする五郎狸に、おみつ御前はぴしりと言い返した。
「狸穴を裏切って、いったいどんな見返りを刑部狸は約束したのかね? お前は汚い、裏切り者だ!」
ぐっと指さし、怒鳴る。
おみつ御前はさらに千代吉を睨んだ。
「千代吉! なんでお前は、こんな奴とつるんでいるんだい? そんなに狸御殿のお姫さまが恋しいのかえ? あんた知っているのかい、あの姫さまは、とんでもない淫乱狸だってことを? 刑部狸の部下を、今まで何匹も咥え込んだって噂は聞いていないのかえ?」
千代吉は俯いてしまった。
時太郎は前へ出て口を開いた。
「おい、あんた千代吉の母親だろ? 自分の息子に、その言い方はないだろう!」
すう──、とおみつ御前は息を吸い込む。
「おだまりっ!」
おみつ御前の大音声に、土蔵の屋根の瓦が二、三枚からからと音を立てて落ちていった。
きいーん、と時太郎とお花は耳鳴りに一瞬、頭の中がぼうっ、となっていた。まわりの狸たちは、おみつ御前のこの大声を予感していたのか、早手回しに両手で耳を押さえて無事であるようだ。
「やっぱり、お前たちは狸御殿からやってきた諜者なんだ! 諜者は見つけ次第、死刑と狸穴の掟だよっ! おいっ、こいつらを殺しておしまいっ!」