命令
南蛮人は首を振った。
「何も要求するつもりは御座いません。ただ、お約束して欲しいのは、この震天雷がわたくしの手から出たものであるということを隠して頂きたいのです。あくまで狸穴の狸たちが独自で発明した、ということで押し通して頂きたい」
おみつ御前は目を細める。
「判らないねえ。いったいどんな得があって、あんたはあたしらに肩入れするのか……。しかも、こんな武器を渡してくれて、見返りも要らないとは」
南蛮人は薄く笑った。
「さあ……何と申しましょうか、わたくしの趣味なのですよ。あなたのような方をお助けするのは。さて、これからの段取りについて詳細を打ち合わせておきたいのですが?」
「判ったよ! そういった積もる話はここではできない。あたしの屋形で打ち合わせよう。五郎狸、帰るよ!」
おみつ御前に呼ばれ、五郎狸は顔を上げた。
「あの御前さま、わたくしはここで仕事が残っておりますので、お話なら、お二人だけのほうが宜しいのでは?」
その言葉に、おみつ御前は頷いた。
「そうかい、それじゃ仕事があるっていうんなら、早く済ませるんだよ! あたしらは屋形へ帰っているからね!」
おみつ御前と南蛮人が連れ立って外へ出かけるのを確認すると、五郎狸は見張りに声をかけた。
「おい、ここはもうよいから、お前は帰っていなさい」
見張りは逡巡した。五郎狸は言葉を重ねる。
「次の交替まで、半刻ほどであろう? わしがここは見ているから、先に休みなさい。さあさあ、帰った帰った!」
「左様で御座いますか、それではお言葉に甘えまして……」
見張りはようやく納得し、一礼すると去っていく。
ようやく誰もいなくなって、五郎狸は土蔵の中へ戻っていった。
ふっと溜息をつくと、隠れている時太郎に顔を向け、出し抜けに声を上げた。
「そこに隠れている者! 出てきなされ。居るのは判っているのだ」
時太郎は凝然と立ちすくんだ。




