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先客

 時太郎たちは茂みに隠れている。千代吉は二人に囁いた。


「あの建物の中に、狸穴の武器があるのです」

「見張りがいるわね」

 お花の言葉に千代吉は頷いた。

「ええ、お二人を助けたときのような手は使えません。この建物を見張る狸は、母上が特に選んだ精鋭ですから。しかし裏側に回れば、わたくしだけが知っている裏口があるはずです。そこから中へ入りましょう」


 案内しようと歩き出した千代吉は、時太郎の様子に立ち止まった。


「あの……時太郎さま?」

「ん……」


 時太郎は、ぼんやりしていたようだ。

 なぜだかひどく切迫した危機を感じてならない。ちりちりと首筋に熱いものを感じて、いても立っても居られない気分である。


 なんだろう?


 時太郎は内心で何度となく首を捻っていた。お花は心配そうな目で時太郎を見ている。

 そんな迷いを振り払い、時太郎は千代吉にきっぱりと話しかけた。

「とにかく中へ案内してくれ」


 千代吉は頷き、歩き出した。ちょこちょこと手足を動かして先導する。

 時太郎とお花も四つん這いになって後に続いた。

 見張りの目の届かない場所を選び、そろそろと回り込む。

 ようやく一行は、土蔵の裏側へと出た。


 裏側には粗末な小屋が土蔵の壁に接するようにして建てられている。その小屋の戸を開いて、千代吉は二人を案内した。

 中に入って千代吉はほっと溜息をついた。内部にはごたごたと荷物が山積みになっていて、埃っぽい。


「なんとか見つからず、ここまで来られました。実は、この小屋は土蔵と繋がっているのですが、今は誰も使っていないので、土蔵に入る入口があることは皆、忘れ果てております。これがそうです」


 荷物の間に細い隙間がある。体を捻らないと入り込めないが、確かに入口のようだ。この荷物が目隠しになって、そこに入口があることは判らなくなっているのだろう。

 時太郎は先頭に立って隙間に身体を捻じ込んだ。土蔵の中に入ると、そこもまた荷物に占領されている。

 内部を覗き込んだ時太郎は「はっ!」と緊張した。


 誰か居る……。


 後から入ってこようとしているお花に振り向き、囁きかける。

「待て! 先客が居るぜ」

「本当?」

 お花は時太郎の肩越しに覗き込んだ。驚きのあまり、声を立てそうになるのを慌てて自分の手で口を押さえる。


「あれって……」


「うん」と時太郎は頷いた。土蔵の中に居たのは何と、おみつ御前だった。

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