土蔵
夕闇が辺りを包んでいる。
ようやく時太郎は顔を挙げ、立ち上がった。額から顎へかけ、ねっとりとした汗が滴っている。
「大丈夫?」
お花の声に軽く頷く。
なんとか、あの衝撃は乗り切ったようだ。
必死に耐えたあの恐怖の刻は過ぎ去り、時太郎は平常心を取り戻していた。しかし〝声〟は消え去ってはいない。単に時太郎がこの状態を受け入れただけである。
「千代吉、案内してくれ」
時太郎の言葉に千代吉は「はっ」と向き直った。
「宜しいので御座いますか?」
時太郎は無言で頷いた。
とととと……と、茶釜から突き出している四肢を忙しく動かして、千代吉は歩き出す。お花が感心したような声を上げた。
「そんな重いものを担いでいて、よくそんなに早く歩けるわねえ」
「そうで御座いますか? わたくし、生まれた時からこの姿で御座いまして、慣れているのでしょうか、重いとは思ったことも御座いません」
程なく、前方に明かりが見えてきた。
明かりは、松林の中に建っている土蔵造りの建物から洩れていた。どっしりとした造りの、意外と大きな建物である。
土蔵の入口には竹槍を持った狸が見張りに立っていた。所在無げであるが、目付きは鋭く、油断は全然していないようだ。




