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恐怖

 千代吉が案内したのは、崖沿いの松林だった。海側の強い風が吹きつけるのか、松林はみな同じ方向に枝を伸ばし、地面に根っこを這わせている。先に立ちながらも、道々で千代吉は説明を続けた。


「まったく、お母上のお考えは、わたくしには無謀としか思えませぬ。人間への攻撃など、自殺行為です! わたくしは何度もそんな計画はお止めになるよう、申し上げたのですが、いっかな耳を貸そうとは致しませぬ。こうなっては、仕方がありませぬ。わたくしが計画の阻止を実行するより、他に道はないのです。ですからお二人に、わたくしに協力して貰いたいのです」


 千代吉の後に続きながら時太郎は口を開いた。


「その、計画って、どんなものなんだい?」

「武器で御座います! 最近、新たな武器を母上は調達したので御座います。それで人間への攻撃などという考えが、頭に浮かんだので御座いましょう」


 その時、背後から「ぴーっ」という鋭い笛の音が聞こえてきた。千代吉は「はっ!」と顔を振り向かせる。

「お二人が逃げ出したのが、露見したようで御座います。お急ぎ下さい!」

 口を開くことなく、三人は黙って足を速める。時太郎は緊張した。


「あの二人、逃げたぞーっ!」

「まだ遠くへは行ってはおるまい……」

「見つけるのだ! このことが御前に知れたら、どんなお叱りを受けるか!」


 遠くから狸たちの慌てている声が聞こえている。


 待て、と時太郎は一同を手真似ジェスチャーで抑えた。こんな場合、下手に動くのはかえって危険だ。それが判ったのか、お花も千代吉も息を潜め、身動きもしない。

 時太郎は狸の動きをよく聞き取ろうと神経を尖らせた。

 弾んだ息を静め、気息を整える。


 と──


 時太郎は目を見開いた。


 なんだ、これは?


 今まで感じた経験のない、奇妙な感覚が時太郎に襲い掛かる。

 ざわざわという風に靡く松林の枝葉が掠れる音。

 遠くから聞こえる岩に砕ける波音。

 きちきちきち……と蟋蟀キリギリスが音を立て、どこかへ飛んでいく。

 空を見上げると、低く垂れ込める雲がゆっくりと風に流されていく。その動きにも形容しがたい音が聞き取れる。


 あらゆるものが〝声〟を上げていた。時太郎は、この超常感覚に圧倒された。


「わあぁっ!」


 堪らず時太郎は両耳を押さえ、蹲る。

「時太郎!」と、お花が心配そうな声を上げる。

 冷たい恐怖が時太郎の胸に込み上げて来る。


 なんだこれは! おれは気が狂ったのか……?

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