酒
お互い背中を押し付けあうようにして、手首のいましめをほどくため、指先を動かす。
暫く沈黙の時間が流れる。
ふっとお花と時太郎は同時に溜息をついた。縄目はきつく縛られ、どうやっても、ほどくことはできない。
お花と時太郎は諦めて小屋の羽目板に背中をもたれさせた。
お花が【水話】で話し掛ける。
──それにしても、どうしておみつ御前という母親は、ご婚儀に反対したのかしら?
時太郎はお花の顔を見て「どういうことだい?」と口だけを動かして尋ねた。
──なんだか、あの母親が刑部狸に何か提案した、と言ってたわね。それが解決すれば、千代吉さんってお婿さんを連れて行けるんじゃないの?
時太郎は頷いた。しかし、どうすればいいのだ?
と、小屋の外で見張りが身じろぎする気配がする。
「坊っちゃん、ここへ何の御用です?」
「母上が見張りをするお前のため、これを持っていけと仰るのできました……」
心細い返事が聞こえる。見張りの声が嬉しげに弾んだ。
「これは、酒では御座いませぬか! 有り難いことで……」
「ここに置いておきますから、どうぞご存分に……それに、摘みも……」
見張りが座り込む気配がした。
ぐびぐびと喉を鳴らす。暫く喉を鳴らし、舌鼓を打つ音が続いた。
「旨え……やっぱり御前さまは気が利くぜ……」
そのうち、欠伸が聞こえた。どさりと横倒しになる音がして、ぐうぐうという鼾。
とんとんと小屋の戸を叩く音に、時太郎とお花は顔を見合わせた。
「誰だ?」
時太郎は鋭く声を掛けた。
「時太郎さまと、お花さまで御座いますね? わたくし、おみつ御前の息子で千代吉と申します」