お花の弁解
「実は、わたしたちの仲間が狸御殿に引き止められてしまって。
その仲間を取り返すには、この狸穴と狸御殿の間で進められていたご婚儀を元通りにしなくてはならないことになったんです。
この狸穴には、狸御殿のお姫さまに婿入りなさるお方がいらっしゃるんでしょう?」
すらすらとお花は話した。しかし、翔一が狸御殿のお姫さまに無理やり結婚を迫られたことは伏せている。狸御殿という言葉に、背後で控えているおみつ御前の目が、ぎらりと光った。
お花の言葉に、五郎狸は目を丸くした。
「狸御殿から! ふーむ、確かにご婚儀の話しは進められておったが、承知のようにご破算になってしもうた。おぬしらの仲間には悪いが、千代吉さまは御殿にはまいらぬよ」
「その、千代吉さん、てのが、お婿さん?」
お花の質問に、五郎狸は大きく頷く。
「左様じゃ。そこのおみつ御前さまの一粒種でな。さらに言えば、おみつ御前さまは、この狸穴を治めておられる女帝で、息子の千代吉さまは若様、ということになる」
お花は身を乗り出した。
「それで、どうしてご婚儀の話が駄目になっちゃったの? 千代吉さんが、お婿さんになるのは厭だって言ったの?」
五郎狸は首を振った。
「いや、そのようなことはないが……」
言葉を濁す。
すると、それまで黙っていたおみつ御前が口を開いた。
「あたしが話を取りやめさせたのさ! あの刑部狸には、つくづくがっかりだよ。おおかた老いぼれて、意気地がなくなったんだろうね。せっかくのあたしの提案を、にべなく断ってくるんだから。だからあたしゃ、この婚儀もご破算にしたのさ!」
忌々しげに言うと、太い腕を胸の前に組んだ。それを見て、五郎狸は困ったような表情になる。おずおずとおみつ御前に向かい合い、口を開いた。
「しかし、御前さま。この婚儀は狸穴と狸御殿の間を取り持つ大事な縁と申せましょう。あのようなことで取りやめにするには、惜しすぎる話で御座います」
「うるさいっ! もう決めたことだよ」
叫ぶと、じろりと五郎狸を睨み据える。恐れ入った五郎狸は首を竦め、黙り込んだ。




