五郎狸
「おい!」
さっきの牝狸が声を上げた。
「あたしが質問しているんだ! 答えないつもりかえ?」
表情には怒りが差し上っている。眉が寄せられ、鼻筋に皺ができていた。
ぐっ、と時太郎は鳩尾に力を入れた。
「ああ、悪かった。つい、面白くて速度を上げすぎた。あれを壊すつもりは、一切なかったんだ。御免よ」
「つい面白くて……だってえ!」
狸の声は甲高くなった。
「おみつ御前さま。ま、ここは手前にお任せくだされ」
物柔らかな口調で一匹の狸がしゃしゃり出た。小柄であるがでっぷりと肥満し、眉が太い。背中に蓑笠をしょっている。
おみつ御前と呼ばれた牝狸は、ふんぞりかえって頷いた。
「よかろう、五郎狸。お前に任せる」
先ほどの五郎狸と呼ばれた狸が時太郎に顔を向けた。
「さて、話を聞かせてもらおうか。まず、あんたらの名前だが──おお、わしの名前を名乗るのが、まだだったな。わしは五郎狸と申して、この狸穴で色々な面倒を引き受ける役目を仰せつかっている。ま、何でも話してくれれば、わしが悪いようにはせぬぞ」
この五郎狸の言葉には嘘がないようだ。時太郎には相手が嘘を言っているか、どうか瞬時に判る。
「おれは、時太郎。河童淵から来た」
「あたしは、お花。時太郎と同じで、河童淵から来たの」
五郎狸は「ふむふむ」と忙しく頭を動かした。
「その河童淵から遠路はるばる、なんでまた、この狸穴にやって来たのかな? わしの記憶が確かなら、河童淵はかなり遠いが」
時太郎とお花は素早く目配せをしあった。お花が頷き、口を開く。こういう場合、お花のほうが話をしやすい。