牝狸
「こいつらかい、簡便手押式台車を台無しにしたっていうのは?」
「はい、左様で。一人は人間の小僧、もう一人の娘は、どうやら河童らしく思えます」
「目を覚まさせておやり。訊ねたいことがある」
そんなやりとりが聞こえ、いきなり「ばしゃっ!」と大量の水を掛けられ、時太郎は跳ね起きた。
「うわっ! なにしやがる……」
けほけほと咳き込み、顔を上げると巨大な狸の顔と向き合っていた。
「お前かい、あたしの大事な簡便手押式台車を壊したのは!」
島田髷に、派手な色合いの打掛を羽織っている。胸元には巨大な双つの乳房が突き出し、どうやら、この狸は牝らしい。
それにしても、巨大である。相撲取りにも、こんな大きさの人間はいまい。狸御殿の刑部狸と、いい勝負だ。胡坐をかき、どってりと座っている姿は、ちょっとした小山のようである。
きょろきょろと辺りを見回すと、隣にお花が目を覚ましたところで、ぼんやりとした表情を時太郎に向けていた。
簡便手押式台車の鉄路も見える。小屋の近くに、時太郎とお花の二人は寝かされていたようだ。
周りには、先ほどの巨大な狸とともに、数匹の狸たちが取り囲むように並んでいる。その場には明白な敵意が満ちていた。狸たちは皆いずれも手に竹槍を持ち、油断無く身構えている。