話し
時太郎の目の前を、ちょろちょろと小さな豆狸が小さな手足を必死に動かして先導している。
狸穴への道案内なのだ。
時折、ちらちらと振り返り、時太郎とお花がちゃんと従いてきているか、確かめている。
時太郎は背後をふり返った。
立ち込める霧に、狸御殿が滲んだ影となって見えている。天守閣の辺りに、翔一は囚われているはずだ。
なんとしても婿殿を連れ帰ると、時太郎は誓っていた。
しばらく、てくてく歩いていると、霧が晴れ渡り、片側の切り立った崖に朝日が当たって辺り一帯は金色に輝いた。
「狸穴の婿殿って、どんな狸なの? あんた、会ったこと、あるの?」
唯せかせか歩いているだけのことに退屈したのか、お花が先を走る豆狸に話しかけた。
豆狸は甲高い声で返事をする。
「会ったことは、まだ一度も御座いませぬ。それがしのような身分の低い狸には、過ぎたことで御座います。ただ、噂ではとてもお優しい性格のお方だそうで、狸穴に住む知り合いの話では、狸姫さまはお幸せ者じゃと噂されておりました」
ふーん、とばかりにお花は頷いた。豆狸は話し好きなのか、言葉を重ねる。
「もともと狸御殿と、狸穴に住む狸たちとは犬猿の仲で御座いました。何十年か前のこと、刑部狸さまに反旗を翻した一団が徒党を組んで御殿を出奔し、狸穴に住み着いたのが始まりで御座います。以来、狸御殿と狸穴の狸たちは没交渉のままだったのですが、近年これではいかぬ、と刑部狸さまが狸穴との関係修復を提案され、それで今度の婚儀が決まったので御座います」
へーえ、とお花は眼を丸くした。
「それじゃ、狸穴の殿御が来ないとなると、大変な事態なのね」