新婚初夜
気がつくと、この部屋に通され、布団に座って、狸姫と顔をつき合わせているところだった。
ようやく翔一は、狸姫に質問をする余裕を取り戻した。
「姫さま、いったい何を考えておいでです? わたくしは烏天狗なのですよ。それを承知なのですか?」
向かい合った姫は悠揚としてほほ笑んだ。
「翔一さまは、なんだか他人とは思えませぬ。ころころと太って、なんだか狸の殿御のように思えます。それに、そのお眼鏡、それもなんだか狸に似ております。烏天狗ではのうて、狸天狗と申すべき」
どうやら褒め言葉のつもりらしい狸姫の言葉に、翔一は愕然たる衝撃を受けていた。
「わたくしが……狸に似ている……!」
ちょん、と狸姫は翔一の頬を指で突いた。ぷに、と指先が肉に食い込む。
「可愛い……」
無二の好物料理を前にしたかのように、狸姫は笑った。
翔一は反射的に、狸姫の手を振り払った。
「わたくしは狸では御座いませぬ! 烏天狗ですぞ!」
憤然として立ち上がったが、姫はまるで堪えず、けらけら、ころころと笑い転げていた。
「それ、そのように怒る所が、ますます愛おしく思えます。わたくし、翔一さまが好きになってまいりましたわ!」
ぽんぽんと敷かれている布団を叩き、腰をにじらせた。
「さあ、これにお寝みになられませ。新婚初夜でございます。可愛がって下さいませね」
「ば、馬鹿な……狸と同衾するなど……」
呆然となっている翔一に狸姫は厳しい声を掛けた。
「お寝すみにならせませ! さあ、布団に、わたくしと一緒に横になるのです!」
姫はいかにも他人に命令し慣れている様子で、高飛車な威厳に翔一は、つい従ってしまっていた。
急いで布団に潜り込むと、姫がするりと横に身体を滑らせてきた。
部屋の隅の灯明皿に、姫は顔を持ち上げ「ふーっ」と鼻息を吹きかけた。優に一間ほど離れているのに、姫の息は届いて、あっさり灯明皿の灯心は一息で消されてしまった。鼻息の勢いに翔一はぞっとなっていた。
横になった翔一の腕に、姫が腕を絡ませてくる。姫の毛皮が翔一の腕に触れた。
肩に姫の顎が触れてくる。
くすくすと姫は笑っていた。
「なにを、かちこちに固まっているのです。わたくしは翔一さまを取って食おうとしているのではありませんよ」
ううーん、と狸姫は欠伸をする。
やがて寝息が聞こえてきた。眠ったのだろうか?
朝が明けるまで、翔一はまんじりともせず、ただ暗い天井を見上げているだけであった。