第六十九話 ボクしか知らない、新たな決意③
「これが、キミたちの報酬だよ」
テーブルの上に乗せられた数えきれないほどの金貨の山。
「イフリート討伐に懸けられた金貨二千枚――」
マコーミックから説明を受けていたが――
「本当に、そんな大金を……?」
「百人単位の人数で討伐することを想定した懸賞金だったからな。それをまさか、たったひとりに渡すことになるとは思わなかった」
そう辺境伯は苦笑いする。
「それと、イフリートの魔石、剣と防具にそれぞれ千枚。合わせて五千枚だ」
エリオットが冒険者として働き、先月までに稼いだお金はせいぜい金貨二、三枚。二年間で――だ。それでも、つつましく生活するには充分なおカネだった。
それが、この数日で数千という金貨を手に入れてしまったのだ。
「どうした? キミのおカネだ。受け取りなさい」
大金を前にボーッとしているエリオットに辺境伯が声をかける。
「あ、うん……えーと……」
そんなふうに、歯切れの悪い言い方をエリオットがするので、辺境伯は「なんだ、これだけでは不満か?」と尋ねる。
「い、いえ、そうではなくて――あのう……領主様、ご相談があるのですが――」
「ほう……なんだね?」
「このおカネで、この街に学校を作れませんか?」
学校――という言葉がエリオットの口から出てきて、アウグスト辺境伯とマコーミックは互いの顔を見た。
「アウグストに学校を建てる――ということかな?」
辺境伯はもう一度、確認する。
「これじゃ足りませんか?」
不安な表情を見せる少年に、辺境伯は困った――という表情を見せた。
「学校……といっても、いろいろある。王都にある王立学校のような大きなモノなら、さすがにこれだけでは足りないと思うが――」
大陸でもっとも古いウィルハース王立学校は、全校生徒が千人を超える大きな学校だ。
王都郊外に広大な敷地を有し、古い校舎も含めれば、二桁の建屋が立ち並ぶ。
「そんなに大きな学校じゃなくていいんです。ボクは誰でもが勉強できる場所を作りたいんです」
この王国で学校に通えると子供は、貴族か裕福な市民に限られる。大半の子供たちは学校なんか通えない。そのため、文字も読めなければ簡単な計算さえできない市民が大多数なのだ。
「ボクたちのような孤児は、当然、教育を受けられない。だから、貧しい生活から抜け出せない」
エリオットはドワーフの里で、掘削の技術を学んだ。同じ孤児のミリアは治癒魔法の才能があった。だから、冒険者として職にありつけた。しかし、大半の孤児や移民はまともな仕事にも就けないのが現状である。
エリオットやミリアだって、グエルのような悪い冒険者仲間に報酬をピンハネされていた。
勉強ができる機会があれば、孤児や移民のような市民権のない人たちも、ちゃんとした仕事にありつける――そうエリオットは考えたのだ。
辺境伯は腕組をしたまま、しばらく黙っていたのだが――
「エリオット君の考えはとてもすばらしい。私もぜひ協力したい」
「なら!」
「だが、王国の決まりとして、市民権のない者に教育を受けさせてはいけない――そういう規則がある。学校を作ったとしても、キミたちのような孤児は学校に通うことができないんだ」
王国の市民権を持たない孤児や移民は、仕事や済む場所だけでなく、教育も制限されている。
「そんな……」
「それが現実だ。もちろん、それは今の規則だ。未来は変えられる」
未来は変えられる?
「だから、それまで、この金はキミが持っておくべきだ」
辺境伯に促され、エリオットは「わかりました」とテーブルの金貨を手に取るのだった。
そのずっしりとした重さに、彼はあることを決意する。
エリオットとガーネットが部屋を出たあと、残ったマコーミックはアウグスト辺境伯にこう質問する。
「それで、どうする?」
「ああ、やはり彼をこちら側へ引き込む」
友人がそう回答すると、マコーミックは「はあ……」とため息をつく。
「しかし、少年がそれを拒んだらどうするんだ?」
辺境伯はすこし黙ったあと、「そうはさせない」と口にする。
「彼の能力、隠しているモノ、もはや無視できない。どんなことをしても、エリオット君には吾々側についてもらう。たとえどんな手を使ってでも――な」
そう彼は笑った。




