第六十一話 ボクしか知らない、経営学⑥
『居抜き』という言葉がある。
同業やそれに近い業種が使用していた店を買い取り、建屋だけでなく、設備も利用して店を開くことがそれに当たる。
「――そうやって、開業するに至るための経費を安く済ませるのですね?」
ガーネットがそう確認してきたので、「それもあるけど、今回は時間的な都合が一番かな?」
パン職人を三人雇うことになって、早急に大きな工房がほしかったのである。
「だけど、ボクは交渉がヘタみたいで、売ってもらえるどころか、相手を怒らせてしまったようだね」
エリオットはヘラヘラしながら、頭を掻いた。
「――てっきり、相手を逆上させて、冷静な判断をさせない作戦なのかと思いました」
機械人形であるガーネットにそんなことを言われて、けっこうショックを受けるエリオットだった。
(次に勉強するのは、『交渉術』にしよう……)
真剣にそう考えるエリオットだった。
しかし、次とは言わず早く『交渉術』を学ぶべきだった――そう後悔する事態が起きてしまう。
アウグスト市内のとある酒場――
まだ昼間だというのに、ひとり酒で泥酔状態の男がいた。
彼は冒険者なのであるが、仲間の報酬をピンハネしていた疑いで、現在、冒険者資格が停止されている。
そう、エリオットのパーティ仲間だったグエルだ。
「くそ……エリオットのヤツめ……役立たずの穴掘りを仲間にしてやったのに、カネが手に入ったらオレへの恩をアダで返しやがって……ゆるせねえ。絶対、ヒドい目に遭わせてやる……」
そんなことを朝からグダグダと言い続けている。
ジョッキに口をつけるが、もう酒は入っていない。
「おい! 酒だ!」
すぐに、愛想の悪い小太りの中年女性が酒の入ったジョッキを持ってきた。
「ほらよ。銅貨三枚」
中年女性が左手でジョッキを持ったまま、右手を差し出した。
グエルは腰にぶら下げた巾着に手を伸ばすが――
「――ん? カネがねえ?」
この三日間、することもなく遊びまくっていたので、稼いだカネが底をついたのだ。
「はあ? カネがないなら、さっさと出ていきな!」
そのとき、テーブルの上に銅貨三枚が転がる音が――
「オカミさん、私が払うわ」
誰かがそう言っているので、グエルは顔を上げる。知らない美女が自分に向かって微笑んでいた。
オカミと呼ばれた中年女性は「ふん」と不愛想に鼻を鳴らすと、ジョッキをテーブルに置き、店の奥へ戻って行った。
「誰だ、テメエは?」
グエルは知らない女性にそう尋ねる。
「マドロウ商会って知っている?」
女性はそんことを言うので、「この街のあちこちに店を出している商業ギルドだろ?」とグエルは応えた。
「私はそこで、支配人の秘書をやっているの」
美女はそう伝える。
「あ、そう――その、秘書様が何の用だ?」
「エリオット・ラングレーに恨みがあるのでしょ?」
エリオットの名が出てきて、驚いた表情を見せるグエル。それは、すぐに激しい憎しみの顔へと変化した。
「そうだよ! エリオットだ! アイツがオレのカネを盗みやがったんだ!」
テーブルをドンとたたいて、感情を露わにする。
それを見ていた、マドロウ商会の秘書、アイーシアは微かに笑みを浮かべると――
「だったら、私たちは協力し合えるはずよ」
「――どういう意味だ?」
アイーシアは、「フ、フ、フ」と含み笑いを見せると――
「私たちもエリオット・ラングレーに儲けを奪われたのよ」
「……へえ? あのヤロウ、この街一番の商会まで騙していたのか? やっぱり、とんだクズだな? それで、協力ってなんだ?」
「――彼を陥れて、本来、私たちが手に入れるはずだったおカネを取り戻すの」
アイーシアの提案に、グエルは興味を示したのか、「ほう……」と相づちを打つ。
「それだけじゃないわ。エリオット・ラングレーにこれ以上にないというほどの苦しみを与えて、後悔させてあげるの。私たちを敵に回したことを――ね」
そこまで聞いて、グエルは「ク、ク、ク……」と声にして笑ったあと、立ち上がった。
「いいぜ、話を聞こうじゃないか」




