第五十五話 ボクしか知らない、勝利の方程式⑩
「――ということで、出来の悪いパンは売れ残ってしまうのです」
マドロウの執務室に呼び出されたパン屋の責任者が、ひたいの汗を拭きながらそう説明する。
「しまうのです――ではない! そこを何とかするのがキサマの仕事だろ!」
マドロウはイライラを募らせて、机をバンバンとたたく。それで、パン屋の責任者はなおさら、萎縮してしまうのだが――
「で、ですが、職人は連日の残業で疲れています。そのうえ、さきほど体調が悪いと職人がひとり帰ってしまって――今日はとても予定数をつくれる状況では……」
「誰が言い訳を聞きたいと言った! キサマはオレが指示したことを忠実に実行すればイイんだ! わかったか!」
「は、はい!」
「だったら、さっさと行け!」
パン屋の責任者は、慌てて部屋を出て行くのだった。
「――ったく、どいつもこいつも役に立たないヤツらばかりだ!」
そう憤慨しているマドロウの横で、秘書のアイーシアは「あの、支配人――」と、新たな報告を始める。
「マリーの店を監視している者の話ですと、あちらは客足がほぼ戻っているようで、本日にいたっては、こちらよりも客が入っている様子です」
それを聞いて、マドロウは顔が青ざめる。
「どういうことだ? ヤツらは価格を据え置いているのだろ?」
「はい、相変わらず、こちらの倍の値段で販売を続けております」
「くそ……いったい、どんなマジックを使っている……?」
『マジック』という言葉を口にして、マドロウは何か気づいたようだった。
「そういうことか……ヤツら、魔法を使って客を惑わし、買わせているんだな」
そんなことを言うので、アイーシアは呆気に取られた――という表情になる。
「魔法で――と言いましても、そのような魔法、魔族でもない限り、むずかしいのではないかと……」
「そうだ、その魔族だ! きっと、ヤツらには魔族が仲間にいるはずだ!」
魔族はこの世界にも存在する。この数年は北部の魔族領に留まっているが、これまで何度も人族の領内へ攻め入っていた。それだけでない。人族の国内に潜入しては、彼らの得意な闇属性魔法で人をたぶらかし、混乱を引き起こしてきたのだ。
「しかし、それが本当だとしても、どう対処すればよろしいのかと……」
アイーシアの問いかけに、マドロウは「フ、フ、フ――」と不敵な笑みを見せる。
「なあに、卑怯なことをしている相手に堂々と勝負する必要はない――ということだ。こっちも、それ相応のことをやればイイ」
「――と、言いますと?」
「ロイドを呼べ」
「ロイドお坊ちゃまですか?」
「ああ。あのバカ息子は、このくらいしか使いみちがないからな」
アイーシアが一度、執務室を出て行って、数分後、若者三人と一緒に戻ってきた。
「オヤジ、なんだよ。カネでもくれるのか?」
若い金髪の男がそう声をかける。柄物のシャツをだらしなく外に出して、ネックレスやブレスレッドなど趣味の悪い装飾品を身につけていた。彼だけでなく、残り二人の男も似たようなモノだ。つまり、かなりガラの悪い連中である。
「ああ、くれてやる」とマドロウが言うと、三人の若者は「マジかよ!」と喜ぶのだった。
「ただし仕事をやってからだ。マリーという女がやっているパン屋を妨害してこい」
入口の前に立って、入ろうとする客を追い返せ――そんなことをマドロウは言うのだった。
「ひゅー、おっけーい。そういう仕事ならいつでも大歓迎だ。おい、行こうぜ」
そう言うと、三人は出て行った。
「フ、フ、フ――あの小僧め、オレを怒らせたことを後悔するがイイ」




