第五十ニ話 ボクしか知らない、勝利の方程式⑦
翌日、エリオットはマドロウ商会が経営するパン屋を視察した。
まだ朝早いというのにタイヘンな人だかりだ。
「たしかに安い――マリーさんのパンの半額くらいだ」
ココ、王国北部は冷涼な気候のため、小麦の生産には適していない。そのため、主食はもっぱらライ麦や燕麦だった。半年ほど前、マドロウ商会が小麦を持ち込んだことで、ふっくら、もっちりの小麦パンが流行った。
しかし、小麦のパンはやはり価格が高い。庶民にとって小麦のパンはふだんの主食というより、『ちょっと贅沢なパン』という位置づけであったのだ。
だが、マドロウ商会が売り出した小麦のパンは、もはやライ麦パンより安価である。なので、みんな朝食用として買っているようだった。
「だけど……」
エリオットは並べられたパンを見て、すぐあることに気づく。買いに来たお客もそれがわかっているらしい。
小麦のパンを四個買って、エリオットはマリーさんの店へ向かった。
「おはよう。マドロウ商会の店に行ったんだって? どうだった?」
マリーがあいさつ早々、そう質問してくる。
「うん、すごい人だかりだったよ」
まずは、第一印象を彼女に伝えた。
「やっぱり、そうなんだ――」
マリーも「そうなのでは――」と感じていたのだ。
――というのも、マリーの店はいつもの朝よりお客さんが減っていたからである。
「ウチもやっぱり値下げしないといけないかなぁ?」
半額はムリでも、採算ギリギリまで価格を下げないと、このままでは売れ残ってしまう――そうマリーは懸念するのだった。
「いや、値下げはやめよう。とりあえず、様子を見ることにする」
「様子を見るって――ウチは店員をふたり増やしたばかりだよ。このままじゃ、セシルちゃんとミリアちゃんのお給料が払えないよ」
「そこは気にしないで。出資者であるボクが払うから。それより、これを食してみよう」
エリオットは、三人にマドロウ商会から買ってきたパンを一個ずつ渡す。
それにかぶりつくと――
「うーん……ライ麦パンよりはおいしいけど、ココのパンのほうが断然オイシイ!」
セシルは素直な感想を述べる。
「はい、私もそう思います」とミリアも同意見だ。
「だからって、ウチの半額なら、どうよ?」
マリーに言われると、セシルもミリアも黙ってしまう。
「たしかに、価格が安いのは武器だけど、お客さんはそれだけで判断しているわけじゃないよ。それに、ボクの考えが正しければ、ココとマドロウ商会のパンはおそらく競合しない。だから、そんなに売り上げは減らないと思うんだ」
マドロウ商会のパンとは競合しない?
「いやいや、同じ小麦のパンなんだから、思いっきり競合するでしょう!」
マリーさんがそう思うのは至極当然なのだが――
「まあ、とにかく、様子を見よう――ああ、それとクリームパンは数量を増やそう。ココの看板商品だからね」
エリオットがそんなふうに強気なので、結局、マリーの店は値下げを行わず、逆にクリームパンの数量は増やすことになるのだった。
*
同じ時間、マドロウの執務室――
「それでどうだ? パンの売り上げは?」
「はい、朝から大変なお客さんで、小麦のパンが飛ぶように売れてます」
秘書の報告に、マドロウはご満悦――という顔をする。
「そうだろ、そうだろ。客はどうせ、安いモノに目がくらむ。きっと、マリーとかいう女の店も安売りせざるを得ない。価格競争となれば、規模の大きいウチが断然有利だ。この勝負、やる前からわかっていたことなんだよ」
マドロウはそう声にすると、「ク、ク、ク――」と余裕の笑みを見せるのだった。
しかし翌日、マドロウは予想外の報告を受けることになる。




