第四十二話 ボクしか知らない、負けられない勝負⑥
「金貨五十枚って、キミねえ――」
小麦を産地から購入して、製粉、輸送に関わる資金すべてをエリオットが出すと言うので、さすがにタハールとマリーは本気にしない。
「そんな大金が簡単に用意できるなら苦労はしないよ」とタハールは呆れたように言う。
すると、エリオットは背負っていたリュックを下ろし、左手を突っ込む。そして、リュックの中でこっそり金貨の入った袋を無限収納リングから呼び出した。
(いきなり手元に現れたら、無限収納のことを知られてしまうからなあ)
そう考えての演技である。
そして、二人の前に袋を置いた。
「ココに金貨五十枚があります。これでまずは来週以降、マリーさんが使用する小麦を調達してもらえませんか? 流通を確保できた時点で、今後の運用資金をお渡しします」
「――それって、つまり……」
「はい。タハールさん、ボクがアナタを雇います!」
タハールを雇い、小麦の調達を独自で行う――
そんな突拍子もないことをエリオットが言い出したので、タハールもマリーも黙ってしまう。
「もちろん、タハールさんが了解してくれればですが……」
「――いくつか質問してイイですか?」
タハールが言うので、エリオットは「どうぞ」と伝える。
「まずは、調達する小麦の量だけど、エリオットさんは毎月千キロと言いましたよね? マリーさんの店だけなら五百キロもあれば充分です。つまり、残りは小麦として販売する――というつもりですか?」
エリオットはひとつうなずいて――
「はい、そういう考えもありますが、マリーさんの店もどうせなら大きくしたいので――」
見たところ、マリーさんのパンは人気すぎて、いつも売り切れている。それでは機会損失が大きい。だから、もっとたくさん作ってもらうのだと言う。
「いやだけど、この店は私ひとりで切り盛りしているから、さすがにこれ以上作れないよ」とマリーさんは困惑するのだが――
「だから、マリーさんの店も人を雇ってもらいたいんです」
「――えっ?」
マリーさんはパンの仕込みから釜入れ、販売までをひとりでやっている。だから、作れるパンの量が限られてしまうのだ。
「マリーさんは仕込みに集中してもらって、それ以外の作業を他の人にやってもらうことにするんです」
「わかったけど、つまり、私の店もエリオット君は買うということ?」
「買うじゃなく、出資です」
エリオットは古代の宝物庫から学習書を手に入れ、経営学なるモノを学んだ。
そこには、経営者と出資者の役割というモノがあった。経営者は文字通り事業を経営する人のこと。そして、出資者は『必要なおカネを拠出することで、その事業の実質的な所有者になる人』のことだ。
出資者は、運用で儲かったおカネの一部を配当金としてもらうのである。
「だから、今までどおりマリーさんのお店として、マリーさんがやりたいようにやってもらえればいいです。でも出資者として、儲けの一部はいただくし、少しだけ口出しさせてもらいます」
「その口出しというのが、人を雇うということ?」
エリオットは「はい」と笑顔で応えた。
「わかったけど、そんな急に人を雇うなんてできるの?」
「実はもうアテがあるんだ。しかもふたりも!」
そう言うので、マリーも(こりゃマイッタ――)という表情になる。
「わかったわ。私は自分の店を持てればそれでいいし、作りたいパンを作っていいなら文句はないわ。それどころか、人も雇えるんだからこれ以上の条件はないわね」
「マリーさんありがとう! あとはタハールさんだけど……」
タハールも「もちろん、私も文句はないです。いやむしろ、そこまで任せてもらえる仕事をしてみたかった」と言う。
「それじゃあ――」
「でも、もうひとつ質問させてもらえますか?」
「はい、なんでも」
「私は今、エリオットさんに会ったばかりです。そんな人物に大金を渡して平気なんですか?」
持ち逃げされるリスクも考えずに――ということだろう。
まあ、そういう疑問も出てくるだろうな――とエリオットも思っていた。
「タハールさんはマリーさんのために、自分がクビになるのを覚悟でマドロウの指示に従わず、小麦を値上げしなかった。そんな人が、私欲のために人から預かったおカネを持ち逃げしない――そう思ったんです。だから、ボクはタハールさんを信じます」
そう言われて、タハールはクスッと笑う。
「わかりました。よろこんでエリオットさんに雇われましょう! 期待以上の働きをしてみせますよ」
そう言って、タハールは右手をエリオットの前に出した。
エリオットはその手を握る。
「ありがとうございます! かならず、マドロウの鼻を明かせましょう!」
エリオットの言葉に、「ああ! そうしよう!」とタハールもチカラ強く応えるのだった。




