第三十七話 ボクしか知らない、負けられない勝負①
ギルドハウスから出てきたエリオットの顔は真っ青だった。
「エリオット様? どうしたのですか? そんなに、辺境伯とお会いするのがイヤなのですか?」
ガーネットがそう尋ねるので、「イヤだなんて! そんな、恐れ多いことを!」と言い返す。
「――それではなぜ、そんなに怖がっているのですか?」
「だ、だって、領主様だよ! 領民だってめったに会えないような、とてもエライ人だよ! そんな人がボクに会ってくれるなんて――」
孤児であるエリオットは正式な領民でない。冒険者登録をしているので、在住権はあるのだが、それでも身分としては底辺。アウグストの城壁の内側に住むことは許されていない。そんな少年にいきなり領主が会う――それは異例中の異例なのだ。
「気に障るようなことをして、捕まったりしたらどうしよう……」
「そんな……呼び出しておいて、捕まえるなんてことはしないと思いますが……」
「わからないよ! だって、領主様は絶対だもの! いや、もしかしたら、今度こそボクを拘束するつもりなのかも……ああ、やっぱり、あんなモノを持ち出すんじゃなかったぁ!」
――と、相変わらずビビりまくりである。
これが、ギルドマスターを相手に堂々と戦っていた少年と同一人物なのだろうか……とガーネットは思うのだった。
そうこうしているうちに、辺境伯のお屋敷の前まできた。大きな門の前には警備の男が立っている。
「あ、あのう……」と声をかけると、その男はエリオットをじろりと睨んだ。
「あん? なんだ小僧?」
不機嫌そうに言われ、エリオットは萎縮してしまうのだが、なんとか、マコーミックの紹介状を彼に差し出した。
「え、えーと……領主様とお会いするようにと言われてきたのですが……」
「旦那様が、オマエたちとお会いするぅ?」
そう言って、エリオットとガーネットをあらためて見ている警備の男。
「は、はい、冒険者ギルドマスターのマコーミックさんから紹介状をいただきまして……」
「ギルドマスターがぁ?」と、ちょっと読んだところで、その男は紹介状を破ってしまった。
「はっ! こんなニセモノの紹介状で、旦那様にお会いできるわけないだろ!」
「で、でも……」
「イイから、さっさと帰れ!」
「なんだ? 何があった?」
そんな、声が聞こえた。騒ぎを聞き、奥から人が出てきた――服装からして屋敷の使用人だろう。
「ああ、貧乏人が旦那様に会わせろと言ってきただけだ。まったく、不景気になるとヘンなヤツが出てきて困る。おおかた、ココで働かせてもらいたいと思ったのだろう?」
そう言われているのがエリオットの耳にも入っていた。
「まだいたのか? えーい、ジャマだ! 衛兵を呼ぶぞ!」
そこまで言われたら仕方ない。戻ることにする。
「はあ……やっぱり、ボクは騙されていたんだな……」
トボトボと来た道を戻りながら、エリオットはそう呟く。
「騙されていた――ですか?」とガーネットは聞き返すので――
「そうだよ。オカシイと思ったんだ。領主様がボクに会うなんて……そんなはずないのに。きっと今ごろ、『バカなヤツだ、簡単に騙されやがって』とギルドマスターは大笑いしているんだよ」
非戦闘職の扱われ方はグエルたちを見るまでもなく、よくわかっているつもりだった――なのに、また同じ目に遭うなんて……と、エリオットはガックリしてしまう。
「それでは、金貨五千枚――という話は?」
「もらえるわけがないだろ? 最初からそういうつもりだったんだ。あーあ、こんなことなら、ギルドなんかに渡さず、仕舞っておけばヨカッタなあ……」
金貨五千枚なんて欲張りなことを言わないから、二、三枚くらいもらいたかった――と、エリオットはすでにあきらめモードである。
「もうイイや。気を取り直してマリーさんのパンを買いに行こう!」
そう言って、黒く塗られた屋根付き馬車の横をふたりは通り過ぎるのだった。
*
「カポネ、今の少年で間違いないのだな?」
馬車の中にいたイヤらしい口ひげを生やした男性が、そう声にする。すると、向かいの席に座る、細身で神経質そうな男が――
「は、はい、間違いありません」と、応えた。
「わかった。おい御者、あの少年とメイドの前まで進めて馬車を止めろ」




