第4話~はじまりの季節~
照りつける日差しは強くなり、桜色に染まっていた季節から、
緑陰が恋しい季節へと移り変わる。
手の早い新入生はすでに新たな場所で新たなパートナーを見つけて
楽しいキャンパスライフを満喫し、
対して不器用な人種は誰一人見つけることの出来ないまま、
最後の1年を迎えている。
受験に合格する者がいれば、不合格の者もいる。
足の速い者がいれば遅いものもいる。
世の中は相対評価で溢れていて、
絶対評価で判断されることなどほとんどない。
そしてそれは恋愛においても同じで、
男女の比率が1:1で等しくない限り、
溢れる人間が出てくる。
今の日本では重婚が法律によって禁止されており、
トドのようにハーレムを作ることは出来ない。
だが恋愛においてそんなものは通用せず、
何人と付き合おうが、何股かけようが自由だ。
そんな考えの人間が増えれば増えるほど、
溢れ出される人数も増加して、
勝者と敗者は明確に分かれていく。
学生の本分において如何に優れていようとも、
恋愛において俺は間違いなく後者の人間だ。
「うわー、凄いね。本当に凄いよ」
総勢15名での移動を終えて、
海岸近くの白い木造の家へと到着する。
初めての者は感嘆の声を上げて、
複数回目の来場者は荷物を手際よく部屋に置くと、
目の前に広がる海岸に出てはしゃいでいる。
今日は毎年恒例、俺の親の別荘を利用したバーベキューパーティー。
泊まりたい人は宿泊可能。
それでいて会費は一人当たり1000円という破格のイベントだ。
「本当にこれで1000円でいいの?」
神大寺が少し気まずそうに俺に尋ねる。
「ああ、もちろん。ほとんどタダみたいなもんだからね。部屋にあるものはなんでも適当に使っていいから」
半年振りに訪れた部屋に異常がないか、
軽く点検しながら答える。
酒は実家が酒造会社の斎藤が用意して、
食事は築地に伝手のある三沢。
人を集めるのは篠原に任せれば問題ないし、
俺は親から鍵を借りて場所だけ提供すればいい。
それで必要なものは全て揃うというわけだ。
「おーい、バーベキューの道具を借りてもいいか?」
1階の物置となっている部屋から篠原の声が聞こえる。
「ああ、炭も一緒にあるはずだから、よろしく」
「はいよ」
早速、篠原が斎藤を連れてセッティングを開始。
普段はあまりこういう事を進んでしないタイプなのだが、
アウトドアとなるとやたら動きが早い。
斎藤は相変わらず、人見知りが激しいようで、
初対面の神大寺を始めとした人らとはほとんど会話をしていない。
篠原は言うまでもなく、
三沢と浦島にしてもこういった心配は全くないのだが、
斎藤だけは少々、手を貸してやらないといけない。
篠原が斎藤と炭を並べているが、
浦島は篠原の傍にいようともせずに、
三沢と二人で海へと行ってしまった。
普段から篠原と浦島は俺たちの前では余り話しをしようとはしない。
目の前でベタベタされるのも、気分のいいものではないが、
余りにも二人がそっけない態度で接していると、
何かあったのではないかといらぬ心配をしてしまう。
とはいえ、やはり問題は斎藤だな。
篠原とばかり一緒にいる斎藤の様子を見つつ、
車から運んできた食材を冷蔵庫に入れていると、
神大寺が車からリビングまで食材を運んできた。
「俺一人で大丈夫だよ。それ結構重いだろうし」
「いや、手伝いたいの。手伝わせて。私だけ何も手伝わないと仲間はずれみたいで嫌だしさ」
それじゃあと、二人で食材を冷蔵庫につめる作業をしながら、
世間話に花を咲かせていると、神大寺が外をチラリと見て言う。
「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど…」
「ん?何を?」
「篠原君と一緒にいる人ってなんて名前の人だっけ?」
忘れちゃったゴメンと言いつつ、
いたずらっぽく舌を出す神大寺。
俺は少し笑いながら答えた。
「斎藤だよ、斎藤和司。あいつ人見知り激しいけど、いい奴だよ」
「そうだ!!斎藤君だ。実家が酒屋の」
「正確には酒を売っているんじゃなくて、酒を作っている会社だね」
「凄いよね。なんだかビックリだよ。お酒を造っている人になんて初めて会ったもん」
「あいつは造ってないけどね。彼の専門はコンピューターだから」
冷蔵庫に入れる作業が一通り終了して、
ペットボトルのお茶を口に含む。
外を見ると、ちょうど火おこしが終わったところのようだ。
「なんだか色んな友達がいるねぇ…。羨ましいよ」
確かに俺の周りには変わり者が多い。
自分自身が変わり者だと周りもそういう風になるものなのだろう。
「類は友を呼ぶってやつかな?まあ、直接本人と話してみてよ。結構面白いぜ、あいつ」
「うん、あとで話してみる」
神大寺と二人並んで外に出ると、
篠原が缶ビールをお前の分だと言って放り投げる。
俺にだけビールを渡して、
神大寺には別のところから取り出しているのを見ると何か怪しい。
何か細工してあるのではないかと警戒して、
他のビールと交換すると、舌打ちする篠原。
どうやら俺の勘は当たっていたようだ。
「俺を嵌めるならもう少し考えないといかんよ」
勝ち誇った笑みを浮かべながら上から目線で言う。
「ボケる機会を与えてやったのに残念だ」
俺と篠原が話している横で、神大寺が斎藤と話しはじめた。
内容は在り来たりの会話ではあるものの、
初対面の人を相手に斎藤が会話を続けられるなんて珍しいな
と思いながら、辺りを眺めていると、
俺たち4人以外は何処かに行ってしまっている。
「浦島と三沢は?」
いつまで経ってもこちらに来ない二人を探しながら篠原に聞く。
「ああ、海のほうにでも行っているんじゃないの?あいつら慣れてるし」
「確かにな。俺もちょっとブラリと行って来るわ。火番よろしく。食材は冷蔵庫に入れておいたから、適当に任せるわ」
「あいよ」
斎藤を連れて行こうかと思ったものの、
神大寺と話し込んでいる斎藤を見て、
連れ出すよりも、ここにいたほうがよいかなと思い、
一人で海岸へと向かう。
まだ海に入るには少し早い時期というのもあり、
自分たち以外の人は誰一人いない完全なプライベートビーチ状態。
本当に贅沢だなと我ながら思う。
「何?一人ぼっちになったわけ?」
海岸付近の岩に座っている浦島と三沢を見つけ近づくと、
俺が口を開くより先に三沢が憎まれ口を叩いてきた。
「家の周りに不審者がいないか警備していたんだよ」
「警備員さん、いつもお疲れ様です」
俺の適当な理由に浦島がつっこんできた。
この二人組は相手にすると面倒だと思い話題を変える。
「お前らは二人で何しているんだ?」
「ガールズトークだよ。ガールズトーク」
「そうか、それは邪魔したな」
缶ビールを飲み干し、空き缶右手でクルクルと回しながら
彼女たちの傍から離れようとすると、
三沢が俺に言う。
「別にいいよ。それより六角。あの神大寺って子と随分仲良さげじゃん」
「お前まで言うか。そういう三沢はどうなんだ?去年別れてからそれっきりだろ?」
なんの気なしに言ったつもりだったのだけれども、
なんとなく気まずい間が出来た。
ひょっとして俺は地雷を踏んだのかと戸惑っていると三沢が口を開く。
「まあね。好きな人はいるんだけどね…」
「へえ、そいつは意外だ。俺の知っている人なの?」
俺がそう言うと、また微妙な間が空いてから三沢が言った。
「あなたよ」
「は?」
意味が分からずに間抜けな声を出す俺。
三沢が俺のことを好き?
いつから?
っていうか全然そんな雰囲気なかったじゃねえか!!
俺の頭があれこれ考えすぎてオーバーヒートしかけていると、
三沢が言った。
「冗談よ、冗談。あれ?本気にしちゃった?」
してやったりの顔で、うれしそうに笑う三沢と浦島。
「お前ら…殺人が刑法199条に規定されていなかったら殺すところだぞ」
俺の怒りとは対照的に馬鹿笑いしている三沢と浦島。
このまま立ち去るのではくやしいので、
岩の下に隠れていたカニを投げつけて戻る。
服の上を高速で動くカニに慌てふためく三沢を見て、
少しは心が満たされたものの、これだけじゃあ物足りない。
今に見ていろよあいつら。
空き缶を捨てて、新しい缶ビールを開けに戻ると、
篠原と斎藤、神大寺の3人だけだったバーベキューセットの周りに
人が増えていた。
最初に焼きだした肉はすでに食べ頃になっているようで、
ビールやチューハイ片手に、
焼きたての肉をつまみながら盛り上がっている。
「おっ、家主は何処に行っていたんだ?」
「ちょっと海岸を散歩にね。怪しい人間は俺たちだけだったな」
「怪しい人間は俺たちだけって、俺たちは怪しくないだろ」
彼らに混ざって会話をしながら、
篠原が肉を皿に移す前に焼けてそうな肉を1ついただく。
肉そのものの質、味付け、焼き加減もよし。
それにこの景色の中で食べるとなれば、文句なしだ。
「もっと暑くなれば水着を用意して泳いだりも出来るんだよね」
「夏もやろうよ。どうせならクルーザーでも用意したいね」
どうせやるならゴージャスにやったほうが楽しい。
船から海岸を眺める景色というのもなかなかいいものだと昨年知った。
「クルーザーなんて用意出来るの?」
神大寺が俺に尋ねてくる。
「ああ、近くで親戚から借りれるんだ。俺が運転も出来るしね」
「なんだか凄すぎて現実味がないなぁ…。六角って相当のボンボンなの?」
「まあ、それなりに」
神大寺のストレートな発言に思わず苦笑いしながら答える。
自分の富豪っぷりをひけらかすつもりはなかったのだけれども、
ちょっと失敗したかなと少し後悔する。
ふと、神大寺のななめ後ろで
ビールを飲んでいる斎藤の姿が目に入った。
少人数だと話せるようになったみたいだが、
大人数での会話になると相変わらずなかなか入ってこようとしない。
何か彼を打ち解けさせるキッカケはないかと考えていると、
俺よりも先に神大寺が斎藤のことを周りの人に紹介し始めた。
「このお酒とか斎藤君が用意してくれたんだって」
神大寺の友人らがその言葉を聞いて、
斎藤に関心を示す。
「斎藤君の実家がお酒を造っているんだってさ。それで今日は自家製のお酒があるんだって。凄くない?」
更に神大寺がそう言うと、
さきほどまでの斎藤のぎこちない雰囲気が大きく変わる。
「どんなお酒なの?」
「凄いなぁ…。お酒を造るってどんな風に造るの?」
「造っているのは日本酒。お酒を造るためのお米を発酵させて造るんだけど…」
さきほどまで彼らに溶け込めていなかった斎藤が、
神大寺のちょっとした一言から、
会話に混ざるようになってきた。
いつもの人見知りの激しい彼を見てきた俺としては、
驚くべき事態ではあったものの、
友人が楽しく飲めているのだ。
素直に歓迎すべき状況だろう。
「ホタテ焼けたぞー」
篠原が海から戻ってきた浦島と三沢に声を掛け、
次はハマグリだと言いながら、手際よく網で焼く。
旧来の友人と新しい友人が一つになって、楽しんでいる。
彼らからほんの少し離れた位置から眺めると、
自分の視界にここにいる全ての人間が入った。
その景色を頭の中でシャッターを押して、
忘れないよう自分の記憶に留めて置く。
自分がしたいことというのがどんなことなのか、
ほんの少し分かったような気がした。