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第2話~ありふれた幸せ~

「あなたって自分自身が絶対に正しいと思っているでしょう。そんなことはないのにね」

自分自身が正しいさ。

少なくとも、凡人連中と知恵比べをしたところで結果は目に見えている。

正しいからこそ、今まで俺は成功してきた。

「もう少し周りの人の気持ちを汲み取ってあげたほうがいいよ。心遣いとか気配りとか」

人の考えが読めるからこそ、先手を打てるんだよ。

それに弱者の考えを参考にしたところで何一つ得るものなんてない。

綺麗事を言ったところで、この世の真理は弱肉強食だ。

「人を頼りにしない人は、人から頼られることもない。ずっと孤独に生き続ければいいさ」

一人で生きていける力がある人間が人を頼る必要なんてない。

"頼り頼られて"なんていう情けない人間になるのは御免だ。

俺に対して、女たちが発した言葉の記憶。

それらに"機械みたいな男"という勲章が新しく追加された。

傲慢、空気読めない、天涯孤独、そして機械男とGⅠ4勝目。

競走馬なら殿堂入りも夢じゃない。

まあ、どうでもいいさ。

低俗な連中に理解なんてされる必要はない。



朝、目覚めると鳥の鳴き声が聞こえる季節になった。

もうそろそろ寝るときはスウェットから、

Tシャツとハーフパンツに切り替えてもいいかもしれない

なんて考えながら水を飲む。

今日は午後から大学に行けばいい。

家で適当にくつろぎながら朝食を食べ、

Yahooニュースに目を通すものの、

特に興味を引くようなニュースはない。

一人暮らしの大学生という身分にしては大きなリビングから、

自分の寝室に戻ろうとすると、メールの着信音が聞こえた。

チラリと横目でそれを見ると、送信主の名前は白幡奈々子。

その名前だけでメールを見なくても内容が想像出来た。

きっと2週間後に迫ったオフィスのお披露目会ってやつだろう。

高校時代は過剰なほど、俺に対抗意識を燃やしていた白幡。

そんな彼女も今では現役大学生でありながら、

躍進している会社の女社長として名を馳せていて、

今注目のスーパーウーマンなんて呼ばれながら、

テレビの取材を受けるほどだ。

新しいテナントの家賃は月に数百万だと聞いた。

羽振りがいいのは結構だが、

彼女が経営している会社の業種はインターネットを介したサービス業だ。

業種から考えれば、そんな立派なオフィスが必要だとは考えにくい。

もし、単なる彼女のエゴでこんなことをしているようでは先が思いやられるが、白幡がそんなに頭の悪いことをするとは思えない。

となると、新しい事業を展開する為の準備か、

あるいは会社広告の一環と考えているのか…。

なんにせよ折角の招待だ。

彼女の好意に甘えてお披露目会っていうのに参加しよう。



「六角、履歴書の書き方のコツを教えてくれ」

大学に足を運ぶと早速、篠原からアドバイスを求められた。

就職氷河期以降、会社が求めている人材のレベルというのは、

年が経つごとに高くなっているようで、

篠原も順風満帆な恋愛活動とは違い、就職活動は苦戦中のようだ。

「自分の生きてきた経歴に一貫性があることが大切らしい。履歴書を見ると篠原の場合は自分が何を目指していて、そのために今まで何をしてきたか?ということの説明が弱い。そこをもう少し重点的に書き足せば、きっと評価は高くなるはずだ」

「流石だね。出来る男は違う」

「どーも」

大学近くのカフェでノートパソコンを覗き込みながらの会話。

どこにでもある、ありふれた日常だ。

「で、お前はどうするんだ?未だに決めてないんだろ?」

「そうだな…」

篠原の言葉に対する返事が少し遅れた。

就職偏差値でトップ3に入る企業からの内定はすでに貰えている。

そのまま就職すれば、

きっとエリートサラリーマンとして出世コースに乗って、

将来は多くの人が羨む生活が待っているのだろう。

だけど、俺は自分の将来をどうするべきかを決めかねている。

富豪になって贅沢三昧の暮らしをしたいわけでもない。

権力を手にして人をあるがままに操りたいわけでもない。

海外にでも行き、バカンスを繰り返して遊びほうけたいわけでもない。

俺は自分自身がどうするべきなのかは分かっても、

自分自身が何をしたいのか、それが分からないでいる。


大学の帰り際に近くの百貨店に足を運ぶと、

30代半ばの夫婦が小さな子供を連れて

買い物をしているのが目に入る。

遠目から様子を見ていると、

子供が目の前にあるおもちゃが欲しいと駄々をこねて居座っていて、

父親が子供を宥め1つだけと子供におもちゃを買い与えて、

母親はそんな甘やかす父親に文句を言いつつも、

無邪気に喜ぶ子供を見てうっすらと笑みを浮かべる。

どこにでもある平凡な家族の風景だ。

だけど、そんなありふれた幸せが妙にうらやましく感じた。

不思議なものだ。

誰からも羨ましがられる様な生活を送れる俺が、

誰でも手に入るような幸せがとても尊いものに見えるのだから。

でも、俺はそれで満足出来るのだろうか。

一人で自問自答を続けても結局答えは出ないまま、

一日、また一日と過ぎていく。

「幸せって一体なんなんだろうな…」

風呂上りにベランダから外を眺めて一人呟く。

答えが見つからないからといって、立ち止まるわけにはいかない。

進むべき道が分からなければ、

見つかったときに進むことの出来る強さを身につけておけばいい。

自分が望むものを、手に入れることの出来る強さを。



「よう。白幡にドレスアップして来いって言われてたけど、リクルートスーツくらいしかなかったわ」

今日は白幡が開催するパーティー当日。

会場の最寄り駅に、珍しく俺より早く篠原が着いていた。

本人はリクルートスーツだなんて言っているものの、

身にしているものは素人目でも分かるくらい高価なスーツだ。

それにしても、これだけ人が溢れているというのに、

瞬時に俺に気づく篠原の視力にはいつも驚かされる。

「今回は知り合いは俺とお前だけか」

「いや、岸根も来るらしいよ。あいつと会うのは3年ぶりくらいか?」

俺に篠原、白幡に岸根。

全員が中学時代の同級生達。

場所が場所ならちょっとした同窓会気分なのかもしれないが、

何しろ同級生が社長を務める会社が会場だ。

場所も雰囲気もセレブすぎるし、

同級生だというのに立場が対等ではない。

駅近くで花屋でお祝いの花束を買ってから、会場へと移動する。

東京の一等地に立つビルの入口には

強面の警備員とキレイな受付の女性がいて、

そこらの家電量販店で見ることの出来ないレベルの大きさの

液晶画面にパーティー会場の案内が表示されている。

「おいおい、マジかよ。俺たち場違いじゃね?」

篠原が苦笑いしながら飾り付けられた絵を眺めている。

正直、俺も自分が想像していた以上で、

高校時代の友人なんて関係だけでこの場に居ていいものかと

少し気が重くなってきた。

「白幡からの連絡だと19階だったな」

「ああ、オフィスが19階でパーティー会場が28階のはず」

「オフィスでお披露目、その後移動して懇親会ってところか」

エレベーター鏡に映る自分の姿を確認し、

髪や服装の乱れがないかチェックする。

「可愛い子はいるかね?」

「さあな。あんまりそんなことばかり言ってると、浦島に愛想尽かされないのか?」

「そうだな。気をつけないとな」

気をつけないとなんて言っているが、

彼に反省する気がないことは明らかだ。

男二人のメンズトークが一区切りする頃にエレベーターが到着。

ガラス張りの部分から外に目をやると、

美しいネオンに彩られた夜景が飛び込んでくる。

「おいおい、東京タワー見えてるよ。本当にすげーな」

感嘆の声をあげる篠原。

白幡のオフィスに続く廊下へと進むとすでに、

多くの招待客が集まっているようで、

ありとあらゆる人の声が聞こえる。

全部で何人くらい集まっているのか聞いていなかったな。

なんて考えながら入口まで進むと、

見たことのある女性が受付係を行っている。

「あ、どうもこんばんわ」

軽い会釈を交わして、中の様子を伺うと、

俺たちと変わらない程度の年代から、

ビジネス関係と思われる、かなり年配の世代まで、

机に並べられた軽食を口にしつつ楽しんでいる。

「こんばんわ。この名簿のご自身の名前の欄にチェックだけお願いできますか」

「分かりました」

確かこの女性は白幡の会社の栗田さんだったかな?

以前の記憶を辿りつつ記帳を終える。

「とりあえず、白幡に挨拶だけしないとな」

「そうだな。どの辺りにいるんだろう?」

「あそこにいるよ。左の奥」

篠原の言う方向へ目を向けると、

年配男性に笑顔を振りまいている白幡の姿が見えた。

取り敢えず近くへと足を進めるものの、

邪魔しては悪いという気持ちからなんとなく声を掛けにくい。

そんなこちらの心配を他所に、

白幡は俺たちに気づくと笑顔で出迎えてくれた。

「久しぶり。たまには連絡してよね」

随分と社会的立場は変わってしまい、

距離をとってしまうのではないかと心配していたけれど、

彼女と俺たちの心の距離は決して離れたわけではないようで、

それがうれしかった。

「忙しそうだから連絡をしにくくてね。でも、今度からは連絡するようにするよ」

「そうそう。同じ布団で寝た仲なんだから、変な気遣いはやめてよね」

「そういう誤解を招く発言はこういうところでは控えたほうがいいんじゃないか?」

周りの様子を伺いつつ、牽制する。

「変な噂が流れるって?そんなことを気にしていたら楽しい人生なんて送れないよ」

楽しい人生か。

なんだかな。

「キレイなドレス着てるね。似合っているよ」

白を基調にしたパーティードレスを着ている白幡を見て篠原が言う。

「ゴローも久しぶり。ありがとうと言うところだけど、どうせ他の女にも言ってるんでしょう」

「正解!!って誰にでも言うわけではないさ。本当にキレイな人には言うけどね」

両手を広げて舌を出しながら子供みたいに篠原が言う。

「あんまり私の友達に変な事はしないでよ」

「俺は変な事なんてしたことないよ。ところで岸根は?あいつも来るんじゃないのか?」

さっきまで周りを気にしていたのは岸根の姿を探していたのか。

「ああ、なんか少し遅れるらしいよ」

「そうか。あいつはアメリカからいつ帰ってきたんだ?」

「帰ってきたわけではなくて一時帰国みたい」

「ボストンか…。元々ああいう奴だったけど、今はどうなっているのかね?」

「前にアメリカ行った時に会ったんだけど…、相変わらずだったよ。英語もペラペラになっていたしさ」

「へえ、あいつと連絡を取っていたのか」

「うん。とは言っても会うのは久しぶりだけどね」

さきほどから俺たちから微妙な距離を保ちつつ、

こちらの様子を伺っている人が数人いる。

おそらく白幡に声を掛けたいのだが、

俺たちがいるせいで掛けられない人達だろう。

今日の主催者は白幡だ。

結婚式で新婦とずっと話し続ける人間がいないように、

白幡を俺たちで独り占めするわけにはいかない。

「白幡、どのくらいで場所を移動するんだ?」

「あと30分くらいかな?」

「そうか、それじゃあまた後で。色々大変だろうけど頑張れよ」

彼女も雰囲気を察していたらしく、俺の意図に気付く。

「会場移動すれば、ゆっくり話せるだろうからさ。また後でね」

俺たちにそう言うと、白幡は別の見知らぬ人に挨拶をして、

その人たちとこのオフィスについての話をはじめた。


「とりあえず、適当に何か食べようぜ」

篠原も俺の意見に同意して、

さきほど見かけたテーブルのほうへと移動する。

エレベーターホールからだけではなく、

オフィスからも東京タワーを眺めることが出来るようで、

俺たちと歳の近そうな人たちは飲み物片手に夜景を見て、

感嘆の声をあげながら写メを撮っている。

「想像以上だったな。夜景といい人数といい結婚式レベルだ」

身近なテーブルに並べられた料理を食べながら、篠原が言う。

「まだ本番はこれからなんだろ?全く大したものだな」

話しながら目の前のスモークサーモンを適当に皿に盛り付ける。

塩加減もちょうどよくおいしい。

「すいません、ちょっといいですか?」

俺たちが料理を食べながら話していると横から声を掛けられる。

ショートヘアーの見たことのない女性だ。

「はい?なんでしょう?」

「あ、いや、ちょっと、後ろの料理を取りたいのですが…」

料理の前に俺と篠原が並んでいて、取ることが出来なかったらしい。

「ああ、すいません」

立っている位置から少しずれると、

女性は手際よく皿に料理を盛り付ける。

随分と手馴れているなと思いながら眺めていると、

篠原が彼女に話しかける。

「はじめまして。俺は篠原。白幡の会社関係の人なの?」

「いや、大学の友人ですよ。凄い人が多くてビックリしました」

「へえ。来ている人は大学関係が多いのかな?何人くらいで来たの?」

「私たちは全員で10人くらいですね。ナナとはどんな友達ですか?」

「俺たちは中学の同級生。彼は六角」

「どうも、はじめまして」

篠原の紹介に合わせて、軽く会釈する。

「はじめまして。神大寺っていいます」

「変わった名前だね。家はお寺かなんかなの?」

篠原、苗字に寺があるからといって

家がお寺という考え方はナンセンスだ。

そんな風に思っていると、神大寺が笑いながら言う。

「いやいや、違いますよ。でもよく言われますし、友達からは双葉って名前で呼ばれてますよ」

料理の前に陣取っていて、どいてくれと言われてから2分程度。

わずかな時間で面識のない人と笑いながら会話をし、

それとなく名前を聞き出す、流石は篠原だ。


あっちで友達が待っているからと言い、この場を立ち去った神大寺。

彼女が向かう先を見ると、

数人のグループがこちらの様子を伺っている。

きっと俺たちと神大寺のやりとりを遠めに見ていたのだろう。

神大寺が彼らの元に到着すると、

周りの友人に囲まれて何かを言われている。

彼女の視線が一度こちらに向いたタイミングで

篠原が彼女に向かい手を振る。

そんな篠原に対してハニカミながら小さく手を振る神大寺。

これで間違いなく篠原と俺の事は彼らに認識された。

「お前は自己アピールの天才だな。なんで就活がうまくいっていないのか分からん」

嫌味でもなんでもなく、本心から出た言葉。

グラスのワインを飲み干しながら言う俺に対して篠原が言う。

「人には得意なものもあれば不得意なものもあるってことだな」

彼の口からこんな言葉が出てくるとは。

なんだかおかしくって俺は笑った。

何が面白かったのか分からないといった顔で、

篠原は少し驚いていたが、

楽しそうに笑う俺に釣られるように彼も笑う。

「今日は楽しい日になりそうだ」

「そうだな」


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