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第1話~神に愛された男~

才色兼備、文武両道、眉目秀麗、天下無双、唯我独尊、

全てはこの俺の為にある言葉だ。

おっと、才色兼備は男性には余り使わない言葉だったかな、失礼。

総資産数十億円という家系に生まれ、小学校の運動会ではクラスのヒーロー。

中学で部活を始めれば、全国大会出場チームのエースとして活躍。

高校の全国模試を受ければ、塾の入学金が免除される。

ちょっと買い物をする為に渋谷を歩けば、

どこぞの事務所のスカウトマンに声を掛けられる。

そんな非日常的な出来事が、日常に溢れている。


それがこの俺、六角馨。



「よう、今日は来るのか?」

大学での授業を終えた俺に声を掛けてきたのは、今年からサークルの部長になった篠原。

部長になったのを機に、髪型もショート茶髪から黒髪に変化した。

本人曰く、気分の問題らしいが、

同時期に彼のガールフレンドになった浦島の影響でないかと思っているのは俺だけではないはずだ。

「ああ、そうだな。今日は特に予定もないし、参加させてもらうよ」

「オッケー。それじゃあまた後で。ばっくれるなよ」

威勢のいい声で、俺に向かってそう言うと、 携帯電話片手に教室の外へと歩いていく。

雰囲気からすると、浦島以外の女とメールのやりとりをしているか、

あるいは、先輩たち相手に合コンを企画しているかそんなところだろう。

彼の人間関係に対する器用さというのは、大したものだと思う。

彼が俺と同じような学業成績をおさめることは出来ないだろうが、

俺も彼と同じように出来るかと言われたら答えはNOだ。

人にはそれぞれ何かしら才能がある。

俺はそれが人よりも数が多いだけであって、

ありとあらゆるものを全て完璧にこなせるわけではない。

そう、人には長所もあれば短所もある。

面接の質問だって、長所を聞かれれば、大抵短所も聞かれるものだ。

完全無欠の人間なんていやしない。


篠原との約束の時間までの空いている時間で、大学の図書館で本を読み、

集合時間の5分前に着くタイミングで図書館を離れる。

時間は1分だって無駄にはしない。

それが俺のポリシーであり、自分自身の決めた守るべきルールだ。

大学から駅へと続く坂を下ること5分ほどで、

予定通りに集合場所の居酒屋に5分前に到着。

どうやら篠原や他の連中はまだ来ていないらしいが、

まあ、人のことはどうでもいい。

上着のポケットに入っているi-Podをお気に入りの曲が流れるまでシャッフルさせて、

きさほどまで読んでいた民事訴訟法に関する論文の記憶を辿り、

しっかりと自分の知識とされているか再確認する。


「よう、相変わらず、きっちりしているね」

集合時間の1分前に到着した篠原が俺にそう言う。

彼が連れてきたのはサークル仲間に見慣れない顔が数人。

「今日は浦島は来ないのか?」

「ああ、あいつは他に予定があるんだって。あとで合流するかも?とは言っていたよ」

「そうか」

俺の視線が見知らぬ顔のほうに向けられたことを篠原が察して、

彼から一人ずつ、ちょっとした自己紹介をされた。

「はじめまして。俺は―」

「六角くんでしょ?常々噂は聞いているよ」

自分で名乗る前に相手に言われてしまった。

どうやら俺のことを噂話か何かで知っているようだ。

それが悪い噂でなければいいんだけれども、

ここであまり深くまで突っ込んだところで、

会話は弾まないし、俺にとってのメリットもない。

「よろしくね」

挨拶は手短にまとめて、店の中へと入る。

見慣れたこの店は、これで31回目の来店。

全部足して、ちょうど1ヶ月。

いちいち数えているわけではないが間違いない。

なぜならこの俺の記憶が間違っているなんて有り得ないからだ。


店員が俺たちを店内の広いスペースへと案内し終え、

乾杯のドリンクをそれぞれ注文する。

俺はビール党ではないが、乾杯のときは決まってビール。

ビールを置いていない店なんてまずないだろうし、

注文から席に運ばれてくるまでの時間が最も短いであろうことがその理由だ。

どんな些細なことでも、行うからには何かしら理由がある。

なぜ?Why?もしその問いに答えることが出来ないのであれば、

その行動は間違っているか、あるいは自分自身の自己形成が出来ていないか、

そのどちらかである。


「それじゃあ、今日は三沢の誕生日を祝って乾杯!!」

篠原が乾杯の音頭をとり、誕生日の三沢が一気飲みをする。

定番ではあるものの、なんだかんだで盛り上がるのだからケチをつける必要はない。

俺が横に座っていたサークル仲間と話していると、

さきほど紹介された杉山という名前の女が目の前の席に座る。

「六角君、あんまり飲んでなくない?」

とても会って1時間にも満たない人に対する言い方ではない。

きっとこの女は人見知りというものとは無縁の人生を歩んでいるんだろう。

「飲んでいるよ。これもう3杯目。篠原と杉山は何処で知り合ったの?」

「吾郎とは友達の友達かな?かれこれ1年くらい」

俺の質問に対しての答えが返ってこない。

俺が聞いているのは吾郎との関係でもなければ、何年前に知り合ったかでもない。

"何処"で知り合ったか?と聞いているのだ。

なぜ質問に答えずに、別の答えを出すのか。

きっとこの女は問題文をろくに読まずに答えを書いて間違えるタイプだな。

まあ、こんな女はいくらでもいる。

いちいち腹を立てていたら、気が滅入ってしまうだろう。


「もっと最近かと思っていたよ」

適当に相槌を打って軌道修正する。

「へえ、そうなんだ。ところで、六角って呼んだほうがいいの?それとも別のあだ名みたいのがあるの?」

「あだ名はないから、六角でいいよ」

「それじゃあ、六角。六角って株で凄く稼いでいるんでしょ?なんかコツみたいのあるの?」

どこでそんな話を聞いたのか分からないが、間違ってはいない。

「自分の知っている銘柄を買うことと、売値と期日を決めておくことくらいだよ」

「それだけ?」

「それだけ。他には何もない」

「今度教えてよ。私もやってみたいんだ」

「教えるも何も、教えることは今言ったことだけだよ。それ以外に何もない」

面白くもない質問に、面白みのない返事を返すだけのつまらない会話だ。

意外性もなければ、こちらを喜ばせるような内容でもない。

きっとこの女はあまり男から好感を持たれることはない人種だろう。

仮に彼氏が出来たとしても、めんどくさくなって振られるか、

あるいは彼女から相手がつまらないと感じて振ってしまうか、

いずれにせよ、ろくな結末は迎えないタイプだ。


それからしばらく続いた杉山からの質問に適当に返事をしていると、

三沢が俺の隣に移動してきた。

平凡とはほど遠い彼女との会話なら、退屈を感じることはない。

ようやく解放されそうだ。

「やあやあ、飲んでる?」

「見ての通り。三沢の誕生日を祝いながら飲ませてもらっているよ」

「そう。私がいなければ今日六角はここにいなかった。感謝しなよ」

「それは少し違うな。確かに三沢が存在しなければ、今日の誕生日会は行われない。だからといって、ここに来てないかといえばそうとも言い切れない。なぜなら、誕生日会以外でもこの店を利用することがあるからだ。つまり、可能性は低いが決してここにいなかったとは言い切れない」

「へえ、それじゃあその確率はどのくらいなの?」

「三沢がいないことでこの店に来る確率が減らないことを前提に計算して、週末のみに換算すると、約10%だな」

「相変わらずの計算力で。その頭をもう少しうまく利用すればねぇ…。もったいない」

「そうでもないさ。人生を不自由なく暮らせているんだから悪くないよ」

俺と三沢が話す横で杉山がつまらなそうにこちらを見ていることに三沢が気づき、彼女に話しかける。

「やあ、久しぶりだね」

「志穂。誕生日おめでとう。元気にしてた?」

「元気だよ。六角と話してたの?」

「うん」

「六角と話してても面白くないでしょ?こいつ物事を頭でしか考えられない人種だから。まあ、でも悪いやつじゃないけど」

なんとも中途半端な言い方で彼女なりの視線で俺を評した。

褒めるなら褒める、叩くなら叩いて欲しいものだ。

個人的に訂正したい点があるものの、彼女から見た俺はそう見えているのだろうから、

わざわざ反論することもない。

それに杉山から見た自分のイメージがどうなったところで、

俺にとってはどうでもいいことだ。


「いや、六角君は聞いたとおりの人だなって思うよ」

「へえ、どんな?」

「頭のよさそうな人だなーって」

俺の横で俺抜きで俺の話を続ける女二人。

手持ち無沙汰になった俺は手元の酒を飲み干して、メニューを見て追加の注文をする。

ふと、つまみを片手に篠原の様子を眺めると、

さきほど彼が連れてきた女の肩に手を回しながらバカ騒ぎして盛り上がっている。

全くこいつは…。

浦島にこんなところを見られたら何を言われるか。

篠原は友人だが、浦島も友人だ。

出来ればこういうことがきっかけで友人同士が修羅場になるのは遠慮願いたいものだ。

篠原が俺に気づいて、右を見ろとばかりに首を右に数回動かす。

彼の意図する方向に視線を送ると、

篠原と同じサークルの斉藤が、場の空気に馴染めないのか、

孤独にポツリと飲み続けている。

篠原とはまるで正反対で、相変わらず人見知りの激しい男だ。

折角来たのだから、もう少し楽しめばよいのに。

そのくせ、こういう飲み会には欠かせず参加する。

俺は彼とは仲が良いが、如何せんこういうところだけは理解しがたい。

一人で飲み続けるのもつまらないだろうと、彼の近くに移動しようとすると、

折り悪く三沢が話しかけてきた。

「ねえ、六角。ひとみちゃんと番号交換した?」

「いや、してない」

「じゃあしなよ。それで今度遊びに連れて行ってあげてよ。今一人でいつも暇なんだってさ」

要するに今、彼氏がいないからデートに誘えということだ。


心底どうでもいい。

相手がどうであれ、俺はこの女に興味がない。

「必要ないね。俺から連絡することはないし、彼女から連絡がきたところで一緒に遊ぶ気になれない」

女二人を目の前に真っ向から否定してやる。

「相変わらずの傲慢っぷりだね。なんでそうなるのかな?」

「理由か。まず見た目があまり好みでないこと。次に一人で暇ってことは趣味らしい趣味を持っていないんだろう。趣味を持っていない女というのはめんどくさい可能性が高い。なぜなら自分で自分の楽しみを見つけることが出来ないということだから、身近な人間に楽しませてもらおうと依存して―」

「分かった。分かった。そんなあなた考えはもういいから」

「自分で理由を求めておいて、もういいというのは失礼だな。ま、いいさ」

俺と三沢が話している横でこの話題の主人公が俺に厳しい視線を送り言い放つ。

「最低」

その一言を聞いて俺は思わず笑ってしまった。

さっきまでの目の輝きはどこへやら。

尊敬の対象から一転して、軽蔑の象徴へと俺のポジションは大きくチェンジされたようだ。

トランプゲーム大貧民でいうところの革命ってやつだな。

いや、都落ちのほうが適切か。

「よかったね。早いうちに理解出来て」

「あなたって絶対に彼女いないタイプでしょう。こんな機械みたいな男、誰も一緒にいたいと思わないよ」

挑発的に言った俺の言葉がよほど頭にきたのか、

吐き捨てるようにそう言って、トイレへと杉山は消えていった。

戻ってきても俺の前の席には座ることはないだろう。

「いや、流石だなお前。笑わせてもらったわ。乾杯しようぜ」

横で一連のやりとりを全て見ていた、サークル仲間と男同士で祝杯をあげる。

新学年の始まりもいつも通り。

女性に囲まれる篠原に、酒に囲まれる斉藤。

そして男性に囲まれる俺。



誰にだって長所もあれば短所もある。

完全無欠の人間なんていやしない。

俺の短所は恋愛下手で恋人が出来ないこと。

それが独占欲の強い神に愛されたこの俺の唯一無二の欠点だ。


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