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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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都合のいい幻想 前編

『この布はなんだい?』

 頭の中の声が疑問をぶつけてくるのは、二ラティが小脇に抱えた白い布であった。

「礼拝服だよ、塔へ拝みに行く者はみんなこれを被るんだ」

 無地の白い大きな布に覗き穴を一つ開けただけのものである。これを頭から被るのが、礼拝の作法とされている。極めて簡素なものであり、あらゆる個性を完全に消す。これをかぶっている間、シュランダには老若男女も貧富もないのだ。

「そう……”等しく価値がない”んだとさ。痺れるだろう?」

『等しく価値が……ない?すごい言い方だな』

「それがヴァルセトラの教え。私たちシュランダは、労働力を司る為の存在なんだとさ。傑作だ、働きアリだよ」

 ヴァルセトラ視点では、シュランダは皆等しく価値の薄い、働き蟻に等しい、いくらでも代わりの利く存在とされている。この異常なまでに個性を消す礼拝服は、その教義が発展解釈されたせいで生まれたものである。

『……随分暑そうだけど?』

「それなりに薄くて風を通すけど、やっぱり暑いね。だから家から着てくるのは、よっぽどのガチ勢だけだ」

 サンジーヴァナは乾燥しているが日差しは強い。そんなところで延々と頭から布を被っていてはすぐに参ってしまう。商魂たくましいシュランダの中には、塔の周辺で着替えスペースやレンタル服の店を構える者や、冷たい飲み物や内側に仕込むファンを売る者もいた。参道へ続く道には露店や土産物屋も並び、結構な人だかりがある。

『大人気だな』

「特にファン付きは子供に人気らしいよ。礼拝中に騒ぎを起こすとつまみ出されるからね、親が急いで買うんだ。

 実際は、服の中で風が動くだけで……ないよりはマシなくらいだけどね」

 既に二ラティは、レモンの薄切りが入った炭酸水を買っていた。体内を刺すように染みわたる冷たさが心地よい。

『意外と……おおらかなんだね』

「そもそも礼拝服も自主規制みたいなもんだからね……ここにいるのも、殆どは観光客なんじゃないかな?」

 頭の中の疑問に小声で返事をすると、二ラティもばさりと礼拝服を被った。

 巨大な白い尖塔の足元に立てられているのは、簡素な神殿だ。頭から礼拝服を被った無数の人々が、吸い寄せられるように集まってくる。

『不思議な塔だね』

「そう見える?」

「うん。塔ってのは、地面に杭を打って、ぐらつかないようにしっかり立たせるものだろう?

 これは、なんというか……大きな船が座礁したみたいだ」

「ああ……間違ってないよ。セラヴィンとヴァルセトラは……なんだっけな?天上だか雲の上だかから、降りてきたんだとさ、地上を発展させるために。彼らがいなけれは、シュランダやトラカンは、生まれなかったってさ。大きなお世話だよ」

『君らしい、神もカカシも大差ないか』

「そゆこと。今のアタシには、ただの観光名所さ」

 高台に立ち、礼拝者達を誘導しているのは若手の神官なのだろう。服は皆と同じだが、神官の階級を表す錫杖を持っていた。

『神官……あれがヴァルセトラ?』

「いいや、あれは神官を務めるシュランダ。ヴァルセトラとセラヴィンはこの塔の中に住んでる……らしい。彼らはシュランダの前に姿を現すことはないらしいよ」

 二ラティはそれに近づき声をかけた。

「すみません、お供えはどちらでいただけますか?」

「この先、右でお分けしております」

「ありがとうございます」

 一礼して流れに従って進んでいくと、身の丈ほどの箱がいくつも並ぶ一角があった。

『これが……お供え?』

「そうだよ、見てな」

 箱に近づき、クレジット決済を済ませると、小さな包みが出てきた。飴玉でも包んでいるような大きさだが、見た目より重い。

『これはレアメタルか?』

「そ。お供え用に売ってる……いや、お分けしてるってテイだね。ヴァルセトラはこれが一番喜ぶ」

『なぜわざわざレアメタルを?』

「知らない。ヴァルセトラも塔の中でゲームでもして遊んでんじゃない?」

『ゲーム?なんでさ?』

「レアメタルはね、天然の集積回路なんだ。ちょっとつなげは、人間が作った物よりずっと高性能な演算力を叩き出す。今時レアメタルを使ってない電子機器なんてないだろうね。

 パソコンも、ドローンも、戦車も、通信機も、みんなレアメタルなしじゃ……動かないは言い過ぎかな?でも性能ががくんと落ちる、それか大きさ重さが何倍にもなる。

 そんなものを供物に欲しがるんだ、きっと塔の中はビカビカ光るゲーミング都市なんだろうさ」

『へえ……大変な仕事じゃないか』

「そうさ。命懸けなのに常に業界は人手不足。基本的に人気ないんだよよ、荒っぽくて死人が多いから」

『君のように、か』

「まあね、死人は珍しくない。子供に就かせたくない職業だろうね。

 そう考えると……あんな化け物相手に、初見で死人を一人で済ませたのは、よくやった方だと思うんだけどなぁ」

『そうかもね。あれが街までやってきたら、犠牲は一人や二人では済まない』

「でしょ?害獣駆除に資源採集、ああ見えて結構重要な仕事なんだよ。

 はぁあ、これっぽっちのレアメタルで五百ヴェルだって、たっかいねぇ。ハンターの頃だったらトラック一杯持ってきてやるのにさ」

 呟いて礼拝の列に戻る。とは言っても、行く先は短い。ヴァルセトラの塔に近づいて、祭壇へレアメタルを投げ込み、祈るだけだ。神殿としては随分簡素である。

 祭壇では高位神官のシュランダが少しだけ豪華な錫杖を振り回し、礼拝者のよく判らない祈りの歌の音頭を取っている。

 祭壇の向こうには巨大な扉があるが、今は硬く閉ざされている。

「ふぅん……」

 一応周りの作法を真似、二ラティも手を組み、祈りを捧げてみる。

『幻聴が消えますように……って?』

「それを幻聴に言われちゃおしまいだ」

『でも、君だって気づいてるんだろう?この声が幻聴じゃないって』

 視界の隅に人影がちらつく。礼拝服を着ていない者など、そうそういるはずがないのに。

「……幻聴さ、見えてるのは幻覚だ。この声はアタシに似て理屈っぽい。絶対にアタシの一部だね」

『なるほどね。じゃあ、神官にお祓いでも頼むのかい?』

「そのつもりだったんだけどさ……祓えるような神官なら……とっくに気付いてるはずじゃないか?

 気付けないような奴に、一体何ができるのかね?だってそれじゃ、成功も失敗も判らないじゃないか……ああ、所詮は同じシュランダなんだね。特別でもなんでもない。勉強して資格を取って出世した……役人と一緒だ。

 それはそれでご立派なことだけど、アタシが求めてるものとは違う」

 元から大して信心深いクチではなかったが……今はそれを通り越して、滑稽にすら見えてきた。

『リアリストだな』

「大人になると、夢が見れなくなる。夢が見れないと、他人を信じられなくなるのさ」

 と、背後でジャラン!と大きな金属音がした。


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