未来を殺す女⑤
「いいかヴァルセトラ!ウチの娘泣かせたのは高く付くからな――戻ってきたら……あの子に特上のヘアオイルおごんな」
チャペラが頷く。
「覚えておこう」
『……もう、寂しくないね』
≠が手を振ると、ディルガナが滑空型を通して一声あげた。礼を述べたのかもしれない。
パランの背中から放射状に広がる、枝のような翼が光を帯びる。ふわりとその足が床から離れると、パランは飛び立った。
遠く離れ、やがて見えなくなるまで、ニラティは小さなヴァルセトラと小さなディルガナの姿を見ていた。
チャペラと滑空型の姿をした両者は、ぴたりと寄り添い、とても幸せそうであった。
銀色の銀河にまた一つ、眩い恒星が生まれたのが見えた気がした。
数千年のブランクと大気圏内の無茶な加速により、塔は段々と崩壊しつつあった。光を放ちながら歪む鋼鉄のフレームの隙間を、パランは縫うように飛ぶ。
天井が崩れた。
それを見たパランが虚空を掴む仕草をすると、そこに銀色の風が吹き込んで錫杖を象った。
ジャラン!
一振りすれば無数の火球が生まれ、降り注ぐ瓦礫を吹き飛ばす。
「うわっ!」
空いた片手がニラティを背中から胸元へと持ってきた。
ジャラン!
もう一振りして生まれた火球は、こちらへ傾く鋼鉄のフレームに突っ込み炸裂、倒れ込むそれを爆風で押し返す。その一瞬の猶予を逃さず、パランは爆炎の中を突っ切る。胸元でニラティ達を庇いながら。
猛スピードで塔の上へ上へと向かう。
「あれか!」
巨大な塔からしたら、それは小さなスリットだろう。しかしそこは、広大な飛行デッキから空へつながる発進ゲートであった。
歪んで崩壊するゲートに翼の一部を掠めながらも、パランは猛スピードでそこを突っ切った。
パランは塔から大きく距離をとるべく、スピードを緩めずに雲の切れ間を突っ切った。
『マム……塔が!』
「ああ……終わるんだね。ヴァルセトラの時代が」
遠目から見た塔の全景は、翼を閉じて急降下する猛禽のようであった。それか今、崩壊しながらディルガナのいる山肌へと、隕石のように突っ込んでいくのが見える。
「嗚呼……流星の君よ!」
絶叫に近いディルガナの歓声が聞こえる。ニラティ達には確かに見えたのだ、降り頻る瓦礫の中、空へ向かって満面の笑みを浮かべ、抱擁を求めるディルガナの姿を。天から現れた銀色の鎧を幾重にも纏ったかつての流星は、涙を流して喜ぶディルガナを強く抱きしめた。そして、そのまま一つに溶け合った。
墜落。――そして爆発、天を衝くような巨大な火柱が上がり、膨大な土砂を巻き上げた。噴火にも匹敵するその規模は、辺り一帯の日を陰らせ、舞い散る粉塵の中で雷を発生させる程であった。
『ディルガナ……笑ってたね』
「そうだね……お幸せに。さ、あんまり見てるのも野暮だ、行こうか」
ニラティの言葉に従うように、パランはその場をあとにした。
舞い上がり降り注ぐ粉塵は雨を呼び、パランの銀色の体を鈍く濡らす。
ニラティは黙っていた。瓦礫の向こうに消えた二人は、永遠に近い幸せを掴んだ。ニラティの感覚とは駆け離れているが、彼らにとってはそれが最上の歓びであったのだと……自らに言い聞かせながら、≠の銀髪を撫でていた。




