未来を殺す女④
塔が動く。
互いの孤独を埋めるために、流星は女神像を求める。
その速度は狂気であった
それはまさに夢のような光景であったが、寝ぼけるには少々日の高い時間でもあった。
晴れ渡った朝の空を、巨大なヴァルセトラの塔が音もなく、ゆっくりと浮かび上がっていく。反重力か斥力か、あるいはシュランダの知らない理屈のもたらす御業というべきなのか、崩落するはずの周りの岩盤と一緒に浮かび上がっている。
ディルガナを代弁する滑空型が、窓際に張り付いてキキィと鳴くと、塔はそれに答えるように空中を滑り出した。そちらへ吸い寄せられるように。
最初こそは歩くような速度であったが、それは段々と加速していく。
銀色の風の後押しも受け、その速度はあっという間にそこらの風を追い抜き、雲のど真ん中をぶち抜いて進む程のものに達していた。足元にあったサンジーヴァナは、とっくの昔に遥かに後方へ流れて消えている。
『とんでもなく速いよ……これ』
「そうだね……ちょっと情熱的過ぎるかな」
不安そうに顔を引きつらせるノットに対し、本来ニラティは虚勢であっても「大丈夫だよ」と返してやるのが一番である。
だが、塔の加速は既にその域を超えつつあった。化石同然のものを無理に動かしたせいか、それともあまりに加速させ過ぎたせいか、塔は次第に軋み歪み、その末端から少しずつ崩壊しつつあった。
足元の光景はだだっ広い荒野を塔に横切り、かつてパランと降り立った湖に差し掛かろうとしている。だというのに、まだ加速を続けている。
外壁の一部が崩れ落ち、内側に冷たい風が吹き込む。すると銀色の風が慌ててそれを補修するが、それがあちこちで同時多発的に起こっている。加速も、補修も、崩壊も、もう誰にも止められない。
『……ねえマム……このままだと……』
「ヤバいね、山脈に突っ込む」
青ざめる二人を尻目に、ヴァルセトラとディルガナは二人寄り添って窓から足元を見おろしていた。もはや二人の世界だ、声をかけるのが悪いかもと躊躇してしまうほどであった。
「ヴァルセトラ、ちょっと情熱的過ぎない?ねえ、アンタら忘れてない?ここに第三者のアタシとノットがいるんだけど?」
するとヴァルセトラはくるりと首だけこちらへ向けた。
「判っているさ」
すると、頭上から銀色の風が一筋吹き込んできた。それはつむじ風となって、ニラティの胸元から小さな錫杖を掬い上げた。
あっと思う間もなく、銀色の風はそれを核にして集まり……銀色のトラカンを作り上げた。
その顔を見て、≠は飛び上がった。
『マム!あの顔見て!』
なんだと思って覗き込むと……それはパランであった。
「パラン……なのかい?」
震える声できくと、それは小さく頷いた。まだ金属生命体の体に適応していないのか、喋ることは出来ないようだったが、その目は知っているパランのものだった。
「その錫杖から再現したものだ。彼なら、君たちを安全に地上に降ろしてくれるだろう。
よければ連れて行ってくれ。この地にかつてトラカンがいたという、記憶のために」
その言葉に、≠ははっと息を飲んだ。
『じゃあ、ヴァルセトラは……』
「待ちなよ、ヴァルセトラ。このままだと、アンタらディルガナのいる山に――」
ヴァルセトラが一ミリの躊躇いもなく頷くものだから、ニラティは絶句した。
「それでいい。いや、それがいい」
「……はぁ?」
ヴァルセトラは、どうやら穏やかに笑ったらしかった。背後で銀色に輝く銀河が、穏やかに回転している。
「私には、余計なものがまとわりついている。使命も、考え事も、悩みも。
ディルガナはそんな私も受け入れてくれると言った。一緒に悩み、苦しみ、支えてくれる……もしかしたら私は、ディルガナに出会うために、この星に来たのかもしれない。そう思えるくらいだ」
なんということだ、ヴァルセトラは、ディルガナの融合を受け入れているではないか。
あるいは、ディルガナの恋が伝染したのかもしれない。だとすれば、もう止まるまい。
「それで、このままつっこむの?アンタ正気じゃないよ」
「正気か……今思えば、いつまで保てていたのかな。
最初からあったかも疑わしい。生命を冒涜している自覚くらいある。
これは罰ではなく……逃避かも知れないが」
銀河は自らの罪の意識か、少しだけ輝きがくすんだ。それを見上げるチャペラの目玉は、涙すら枯れ果てた子供のように、虚ろであった。
「私はディルガナと一つになり、やがてまた生まれ変わる。
これは死ではない。私の、ありもしない胸の空白を埋める再構築だ。小麦がパンになるのと同じ、形を変えるだけのことさ」
『そんな……せっかく友達になったのに……』
愕然と呟き涙ぐむ≠に、ヴァルセトラは笑いかけた。
「そんな顔をしないでくれ。
君と私はよく似ている。いつかまた、会える日が来るさ。その時はもっと、私らしい私と会って欲しい――さあ、もう時間がない……行ってくれ」
パランは頷くと、ニラティを子猫のようにつまみあげて、自らの背に座らせた。幻だろうと覚えていたのだろう、≠には掌を差し出し、乗るように促すと、ニラティの隣へ座らせた。
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さて、脳を蝕む鋼の芽、そろそろラストが見えて参りました。
ぜひ、最後までお付き合いください。
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