未来を殺す女②
女神像と流星が出会う。
そこに言葉はいらない、ただ、答えることが嬉しい。
孤独を分かち合うことこそが、至上の喜びであった。
是非ご覧ください。
『マム……ちょっといい?』
≠にぐいと袖を引っ張られた。いつの間にかその力も随分と強くなったものだ。
「なに、どしたノット」
『ヴァルセトラと話してみたい』
「そう?じゃあ……ヴァルセトラ、ちょっと触るよ」
ニラティは立ち上がると、灰色の銀河渦巻く柱へと歩み寄った。銀色の右前髪がざわりと持ち上がると数本が伸びて、その柱へ触れた。
目の前にわずかなノイズが走り、ほんの少しだけ眩暈がした。
「何をするつも……は?この子供は……どこから現れた?」
ヴァルセトラの目には、何の前触れもなくいきなり≠が現れたように見えたのだろう。ガス雲に隠れたままの銀河が強く明滅し、足元でチャペラが飛び上がっていた。
「紹介するよヴァルセトラ。
この子はノットイコール……アタシの娘だ。娘と言っても、痛めたのは残念ながら腹じゃない、こっちだ。幻覚じゃないよ、実体はないけど人格だ」
銀色の側頭部を指先でコツコツ叩いてやる。まるで人間とは異なるチャペラの顔でも、心底驚いているのが見て取れた。
「娘……?脳内の幻覚?どういうことだ?」
話せば長くなる。ニラティは大雑把な説明だけにして、さっきのベンチに再び腰尻を置いた。
「肉体情報は重要じゃないんだろ?
その子は脳内にぶち込まれた金属生命体から生まれた人格だ。元はアタシの人格コピーだったらしいけど、今はもう別物だ。だから、アタシは娘と呼んでる」
『初めまして、ヴァルセトラ。ノットでいいよ』
≠は微笑むと、チャペラに手を差し出した。
「仲良くしてあげてよ。ウチの娘がアンタと喋りたいらしいんだ。二人目の友達だ」
≠はチャペラの隣に座り込み、背中を柱へ預けた。手ではチャペラの頭を撫でながら灰色の銀河を見上げ、呟いた。
「これでもう、寂しくないでしょ?」
その瞬間チャペラが息を呑み、銀河は回転を止めた。
『判ったんだよ……寂しかったんだよね。
シュランダには家族も友達もたくさんいて、トラカンにも友達……少なくとも仲間がいる。
セラヴィンにはそれが二億人もいるのに……ヴァルセトラは一人きりだもんね』
「何を……」
『強がりは聞きたくないな。
ワタシも判る。ワタシは……少し前までは自分とマムの違いが判らなかった、だから淋しくなかった。
でもマムが……自分が壊れた時の話をしたときは、すごく不安で、怖くて、辛くて……いつかそんな日が来たらと思うと耐えられなかった……。
でも、パランが友達になってくれた。ワタシにも友達が出来るんだって、寂しくならないって判ったんだよ。
だから安心して……ワタシが友達になってあげる』
≠が微笑んだ。かつて金属生命体の切れ端であったその存在は、遂に他者を慈しむ心を得たのだった。
いつの間にか銀河を包むガス雲は消え、最初のような穏やかな回転を取り戻していた。その足元でチャペラは目を閉じ、≠に静かに寄り添っていた。≠に実体があれば、その膝に頭くらいは乗せていただろう。
「やるもんだね。流石アタシの娘だ」
ニラティは誇らしげに笑った。
そこに割り込んだキーキーという甲高い声は……チャペラに似ているが少し違った。
どこかへ遊びに行った滑空型が戻ったのである。一度ニラティの頭によじ登ったそいつは、≠とヴァルセトラを暫く眺めていたが、やがて一声鳴いて空中に躍り出た。
皮膜を使って滑空、それはヴァルセトラの目の前に舞い降り……天を仰いできーきーと吠えた。
『そっか……ディルガナも友達になりたいんだね』
あの滑空型は、金属生命体の代表として連れてきたものだ。ディルガナとつながっているのは、むしろ当然だったかもしれない。
「ああ……そうか」
夜空から舞い降りた流星の君に会いたいというディルガナの気持ちは、孤独の中にいたヴァルセトラの気持ちにもっとも近いのかもしれない。
両者とも永遠とも言える長い時間、孤独に気付けず過ごしてきた、永遠を生きる金属の存在である。
星が作ったか、かつての人類が作ったか。差異はその程度、両者はとても似ていた。
「なんと……言っている?」
ヴァルセトラは喉を震わせ、その背後で銀河を激しく波打たせた。好奇心とわずかな怯えが、このAIの中で芽生えたはずだ。
「それを聞けるのが友達だよ。答えてみたら?」
≠にそう言われて、ヴァルセトラは探るようにきいと一声発した。
それを聞いディルガナは更に吠えた。歌うように長く、激しく何度も何度も天を仰いで吠えた。
ヴァルセトラは飛び上がった。こちらも天を仰いで声高に何度も吠える。必死に、小さな体の中身を全て絞り出すように。
それは恐らく、歓喜の咆哮であった。シュランダの言語でも、金属生命体の詩でもない。複雑な意味など要らないのだ。
呼ばれたから応える。応えがあったから嬉しい。相手が嬉しいなら自分も嬉しい。恐らくは原初にして、最も純粋なコミュニケーションであった。
「そっか……ディルガナ、食うのも忘れて喜んでやがる」
一心不乱に吠えるヴァルセトラの背後、灰色の銀河はいつの間にかすっかりガス雲を振り払い、キラキラと輝きながら、激しい回転を始めた。
「ああ……私は……私はこんなに孤独で、こんなにも臆病だったのか。
これほど純粋な友人が、こんなに近くにいたことに……気づけなかったなんて」
酔い潰れたように呟くと、足元の咆哮には一層熱が入った。甲高く歓喜の声を上げる度に、その足元には銀色の涙が溢れる。そして灰色の銀河の中心には、小さいが眩しく輝く恒星が生まれていた。
気がつくと、ニラティの隣には≠が並んで腰掛けていた。
「あれ?……戻ってきちゃったの?」
『うん……互いに一番の友達が見つかったみたいだから、二人にしてあげた方がいいかな?って』
「大人だねぇ……」
ニラティは笑った。そんなクレバーな判断、ニラティにだって出来るか怪しい。
「本当はちょっと悔しい……でも、ワタシにはマムがいる。
それに、友達の友達は……きっと友達になれると思う。だから、喜んでもらいたい」
「……いい子だ、本当に……自慢の娘だ」
頭を撫でると、脳はその手に艷やかな銀髪の、滑り落ちるような感触を与えるのであった。
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