未来を殺す女
セラヴィンの計画は巨大で、傲慢であった。
それは創造主には相応しい大仰さであるのかもしれないが、
ニラティには受け入れがたいものであった。
是非ご覧ください。
ようやく階段が終わり、テラスへ出た。巨大な空間の壁沿いにぐるりと設けられた大きなものだ。
トラカンの押し込まれた鋼鉄のフレームを見下ろすここは、真下を見れば足がすくむほどの高さである。
足腰に自信のあるニラティも、ここまで長い階段は流石に堪えた。
「やっとか……随分高くまで登ったなぁ……」
見下ろせるのは格納庫だけではなかった、反対側にはサンジーヴァナを見下ろす窓もある。
「うわ、高っ……落ちたら粉々だね。
流石に疲れた……」
すぐそばのベンチに腰を下ろして一息ついた。≠は物珍しそうにキョロキョロし、滑空型はどこかへふらりと遊びに行ったようだった。
「ようこそ、この塔の中枢へ」
ヴァルセトラの声に振り向くと、やはりああのチャペラがいた。
その背後には床と天井を結ぶ透明な柱があった。一抱えほどもある大きなものだ。
その中には、灰色の光で描かれた銀河がホログラムのようにゆっくりと回転している様子が見えた。
「ここが中枢?……殺風景だね?まだ半分くらいあるんじゃないの?この塔は別天体から来たんだろ?クソデカエンジンとか、燃料タンクとか、ブリッジとかないの?」
「ブリッジは今君がいるここだ。完成当時は色々あったのだけれど、今はない。私がいればそれで済むからね。
この塔の残りの半分は動力炉系統だが……見たいか?そんなもの。
君が技術者だとしても、プラズマ融合パルス反応炉なんて、見たところで参考にならないだろう、技術水準が違い過ぎる」
「ああ……そうみたいだね、何言ってんだかわかんねえや。判る気が一ミリもしない……セラヴィンは?
あいつらが住んでるんだろ?ここ。眠ってるんだっけ?」
「彼らは存在しないよ、まだ」
「……まだ?」
ニラティが眉を顰めると、灰色の銀河がちかちかと瞬いた。
「セラヴィンの母星が消失したのは、およそ五万八千年前。戦争、核汚染、恒星の不調に異常気象と色々な要因はあったが……今となっては些細なことだ。重要なのはその結果、彼らは複数の船に別れて新天地を探したということだ。
そのうちの一つか、これだ。だが、セラヴィンをそのまま乗せるには、この船は小さ過ぎた」
「小さい?この船が?
……街一つ入るじゃないか。何人乗せようとしたんだよ」
「およそ二億人」
「あはは、そりゃ無理だわ。大陸ごと飛ばさねえと足りねえや」
あまりにケタ違いの数をぶつけられて、ニラティは笑ってしまった。仮にこの塔がサンジーヴァナ全体を内包するサイズだったとしても、その千分の一を押し込むのが限界だろう。そいつらの水や食料、空気を考えたら何十倍に膨れ上がるのか想像もつかない。
「それにしてもよくも入ったね、そんなに。
……もしかしてアレか?セラヴィンって目に見えないくらいちっさい小人だったりする?この一粒に百万株の乳酸菌が!みたいな感じでさ、そんな胃腸薬あるよね」
指先で錠剤をつまむ真似をしてみせると、渦巻く灰色の銀河がチカチカ点滅し、足元でチャペラがキーキーと呻いた。笑っているのかもしれない。
「違う。しかし発想は近い。小さく軽くすれば積める、その通りだよ。
乗せたのは遺伝子情報だ」
「……なるほど、そりゃ省スペースだわ。よかった、二億の冷凍生首が並んでなくて」
「そういう方式を採択した宇宙船もあったらしいがね。感染症で二万年持たずに死に絶えたらしい」
「ウヒィ、地獄じゃん。
ボウリング場だって二億個あったら気持ち悪いのにさ」
一瞬その光景を想像してしまったことに、ニラティは軽く後悔した。
「遺伝子情報を量子サーバに乗せて、生存に適した環境の惑星を探し……そして辿り着いたのがこの星だ」
「ふぅん。それはいつ頃の話?」
「およそ四千年前」
なるほど昔の話だ。しかし、こっちの頭の中には数十億年を一人で過ごした女神像の欠片が入っている。それと比較すればつい最近だ。なにを偉そうに。
「んで、その四千年の間アタシらはセラヴィン様復活の為にこき使われてた、ってわけだ。
二億人もいるなら自分でやりゃ良いだろうにさ……レアメタルなんか何に使ってたの?」
「シュランダやトラカンを作っていた培養装置、あれはまだ完全ではない。セラヴィンは君たちと比べて本当に弱く繊細で……複雑な生き物だ。遺伝情報の構造からして。
彼らを遺伝情報から再生させるには、膨大な作業が必要なのだ」
「じゃあアタシらは……慣らし運転で作られたわけだ。
煮えたかどうだか食べてみよ、ってね」
せせら笑うニラティ。しかし、ヴァルセトラがのってこないものだから皮肉の飛ばし甲斐がない。そりゃそうか、一人で飛ばすのは皮肉ではなく、惨めな独り言だ。
「生命としては問題ないだろう?事実四千年の間、シュランダは自力での繁殖に成功している」
「繁殖……ねぇ。マジのモルモット扱いだね、家畜はつらいよってね」
家畜か、あるいは愛玩動物のような物言いに、ニラティは吐き捨てた。しかし、ヴァルセトラは気に留める様子もない。
「肉体に不備はないだろう?怒らないでくれ。
何しろ私が復活させねばならないのは、ヴァルセトラという生き物だけではない。その社会だ」
「……社会?どゆこと?」
ニラティが眉を顰めると、ヴァルセトラは尊大な口調で語った。
「それぞれの繋がり、関係性の連続が生み出す構造、それごとだ。止めた時計を動かすように、そのままの復活を望んでいる。
手こずっているのは記憶素子の再現と規模だ。遺伝子情報よりもずっと複雑で、社会関係とも深く根ざしている。二億人分のこれを再現し、セラヴィンを完全復活させるのは数万年の時間がかかる筈だった。
しかし、この星には素晴らしい鉱石があった」
灰色の銀河は一層輝きを増した。チャペラはまるで歌うように高く首をもたげ、誇らしげに語る。
「レアメタルだ。あれのおかげでヴァルセトラ復活の時間はずっと前倒しになるだろう……だが、まだまだ足りない。そのためにも、これからもシュランダには――」
「アンタ、それでいいの?」
ニラティに割り込まれて、灰色の銀河は少し波打った。
「セラヴィン復活の為に作られて、利用されて……何千年後か何万年後か知らないけどさ、連中が復活したらアタシらはお払い箱か?……いや、トラカンの命令に逆らえないんだ、セラヴィンに逆らえるとは思えない。連中が生まれる前か奴隷になるのがわかっちゃうね」
それはずっと先のことであり、ニラティには関係のないことであった。しかし、いずれ奴隷になるために作られているというのは、あまりに屈辱的だった。
「そんなのアタシはゴメンだね。
大昔の先祖がそのために作られててようが、知ったこっちゃない。
アタシに直接の子供は居ないけどさ、子供同然のやつは一杯いるんだ。そいつらは、その子孫が、セラヴィンの奴隷になるために生まれるなんて……気分悪いよ」
ニラティもまた横暴である。その自覚はある。彼女は自分と、自分の親しい者の為に、それらが軽んじられない為に声を荒げる。すべてを救うことはできないが、悲しみ虐げられる者をあまり見たくない。彼女の感情、あるいは自意識は巨大な感情を内包することで膨れ上がり。暴君でありながら自分の限界を知っている、つつましやかな肉の壁でもあった。
その声は静かであった。余りにも淡々とした怒りは、急に暴れ出すよりもずっと迫力があった。
「その頃トラカンは生きた兵器か。パランは友達もいなかった、食い物も知らなかった……今ですらそんなんじゃ、未来ではどんなに酷い扱いか……想像もつかないよ」
ニラティの脳裏には助けに来る者がいないことを当然のように受け入れていたパランの姿があった。あの会話は実際は夢の中というか、テレパシーのようなものである。視覚を通さず脳が受け取ったせいか、その姿はニラティの心に焼き付いていた。
「あんたもそれでいいのかよ、ヴァルセトラ。
セラヴィンが復活したら、最初こそアンタは管理者かもね。でもそのうち便利な小間使いになって、いつかは型落ちじゃないか」
灰色の銀河は、その回転が幾分ゆっくりになったようだった。
「構わない……そのために私は作られた」
ヴァルセトラが淡々と答えた瞬間、ニラティはダンと銀色の右足を床に叩きつけた。金属生命体の頑丈さと膂力は、とても人間が出したとは思えない程の、硬く鋭い音を発した。
「嘘吐くんじゃないよ!
アンタ、自分を人間だって言いたいんだろ?
人間が一番恐れるのは何だと思う?自分がいた事を、誰も彼もが忘れて消えちまうことさ。
だから子供を作るんだ。そうじゃなくても本を書くやつだっている、会社を作るやつもいる、家や橋を建てるやつだっている。
でも……今のままだとあんたは、セラヴィンの道具として消費されるだけじゃないか?」
二ラティの言葉は鋭利な刃物であった。それがプログラミングされた心に突き刺さったかのか、灰色に輝いていた銀河はガス雲をまとい、その姿を曇らせた。
「違う……そんなことはない……私は……私がいた事は、セラヴィンの記録に残る」
明確に狼狽えるヴァルセトラに、ニラティは刺すように言い放った。だがそれは冷たいものではない、お前も喋れとけしかける呼び水であった。
「そんなもんでいいのかよ。
あんたが一人で苦しんで、それが一言の記録になれば良いのか?
子どもはいいさ、遺伝情報でつながってるんだから。でも、アンタは違うだろ?」
曇った銀河が激しく波打ち、その足元でチャペラが身悶える。
「だが……私は……」
「ヴァルセトラが生きてればいいのか?誰がアンタを思い出すんだ?
歴史の一ページかい?カッコつけるんじゃないよ。人間は、自分と繋がってる誰かに、誰かがしてくれたことに感謝するんだ。使い捨てのプログラムなんか、繋がってると思うか?
文字になってそれで満足か?本当に?アンタは頭いいんだろ?本当は判ってるだろ?自分の気持ち」
「やめてくれ!」
捲し立てたニラティに、ヴァルセトラは遂に叫んだ。あまりの音量にチャペラは破片を散らし、灰色の銀河はその光量を殆どゼロまで落とした。
「どうだい……なんとか言ってみなよ」
少し言い過ぎたろうか。チャペラは寝入るように体を丸め、灰色の銀河はガスの塊のように曇りきってしまった。
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ニラティは正義の味方ではありません。
傲慢で、乱暴で、凶悪で、でも身内が苦しむことに胸を痛める。
そんな未来がいつか来るという事実から目を逸らせない矮小な、生々しい巨大な感情の持ち主です。
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