聖者の行進⑤
姿を現したヴァルセトラは、拍子抜けするものであった。
矮小で高慢なその姿に、ニラティは冷笑する。
全高でニラティの膝ほど、流線型の頭とやたら長い尻尾、可動域が大きく鋭い爪。
やたら素早いので戦うときはショットガン必須、とにかく群れると厄介な、忌々しく鬱陶しい小兵でしかなかったのだが、今は少し違って見えた。脳や神経を金属生命体に侵食されつつあるせいか、こいつも落ち着いて眺めると意外と可愛げがある。
このチャペラは頭や背中に大きく帆や角が張り出しているので、かつては妨害電波をばら撒いていた個体だろう。帆を打ち合わせい楽団の一員であろう。
そいつがぶるりと、感電でもしたかのように身を震わせ……ぎゅんと首だけこちらに向け、男とも女ともつかない奇妙な声で喋りだした。
「良くぞ来た……シュランダよ」
「ほう?」
こちらから向こうがハッキング出来るなら、向こうから出来てもおかしくない、ということだろうか。
だが、制御を奪われたのはこのチャペラ一匹らしい。妨害電波を発する分、ヴァルセトラからの干渉も大きかったのだろうか。それとも体重があるほど毒が回りにくいのと似たようなものだろうか。
あるいはニラティの知らないところでヴァルセトラとディルガナのハッキング合戦が起きているのかも知れないが……知りようがないし、興味もない。
わざわざしゃがんで目線を合わせてやる。こういう手合には、蹴飛ばすより子ども扱いの方が効くだろう。
「ちいさなぼうや、あなたはだあれ?」
「ヴァルセトラだ」
「どうして他人の口を借りるの?お姉さんが怖いの?」
「……本来なら艦内のスピーカーを使うべきだろうが、君の楽団員に壊されてしまった」
「そう、じゃあしょうがないね。貸してあげるから、今度は借りる前に言うんだよ?」
口調は心底柔らかい、子供に噛んで含めるようであるが……その瞳には隠そうともしない軽蔑と、心底見下した愉悦の光があった。
「それで?何の用?」
「それはこちらのセリフだ。いきなり押し入って来て」
「いきなりこの星に押し入ったのはアンタらヴァルセトラなんだろ?
聞いてるよ。この星は元々金属生命体だけのモンだったって。
いきなり押しかけて、誰もいないと思って好き勝手店広げちゃったんだろ?迷惑な連中だよ、なんていうのかね、アルティメットぬらりひょん?
気に入ったら使っていいよ?フィーは一回五十ヴェルくれればいいや」
シュランダがその事情を知っていることに驚いたのだろう、ヴァルセトラは少し驚いていたようだった。
「……ならば君は、我々に出ていけというのか?
我々に作られたシュランダの君が、金属生命体の代表にでもなる気か?」
ヴァルセトラに乗っ取られたチャペラの小さい目玉がぎょろりとこちらを向いた。矛盾を突いたつもりだろうが、ニラティは涼しい顔である。
「いいや、そんな大したモンじゃない。
アタシはただの仲介さ。事故で脳の三割近くがレアメタルなもんでね、連中と同期というか……共鳴というか、そういうのが出来るんだ。考えもちょっぴり、向こうに寄ってるかもしれない」
そうして銀色の前髪を大げさにかきあげた。≠を見せてやれないのが残念でならない。
「でも安心しなよ、金属生命体はアンタらに出ていけなんて思ってない。レアメタルを集積回路として使うのも気にしてない。なんせ細胞単位じゃ活きてるらしいからね。
でもね……ずっとアンタに会いたかったんだってさ。金属生命体の親玉がアンタをなんて呼んでると思う?”流星の君”だってさ。
ロマンチックだろ?アンタが資源だと思ってた相手は、アンタに恋してたのさ。
どうだい?あんたが宇宙を何万年飛んでこの星に来たのか知らないけどさ、資源の山に口説かれた経験ある?
アタシはもう想像がつかないよ、トンチキとロマンスの境界線は、意外と曖昧みたいだ」
カラッと笑ってみせるニラティであるが、ヴァルセトラは首をひねっている。いきなりそんなことをぶつけられれば、そりゃ困惑の一つもするだろう。
「まあほら、そういうわけだからさ。
立ち話もナンでしょ、案内してよ。それとも……ウチの楽団員が塔をかじりきっちゃうのを待つ?」
「わかった……やめさせてからついて来るといい」
「オッケ」
諦めたようなヴァルセトラの言葉に、ニラティは頷いた。
「はいみんな、塔への挨拶兼熱いベーゼは一旦やめてね、崩れちゃうから。
案内してもらうから……小さいの、代表でついて来な」
金属生命体に呼びかけると、彼らは一旦動きを止めて座り込む。そして一匹の滑空型が、風に乗って降りてくると、ぴたりとニラティの肩にとまった。
爪が肩に食い込むが、まあぎりぎり堪えてやろう。まったく、最初からこれくらい意思疎通が出来れば、この星の歴史は大きく変わっていただろうに。
「ま、卵が先がニワトリが先か、程度の話か」
ニラティは肩を竦めると、チャペラの後を追った。脳内の幻では、≠と手を繋いでいる。
肩の上で滑空型が物珍しそうにキョロキョロする雰囲気を感じながら、ニラティは廊下を進む。
「ねえヴァルセトラ。あんたは……人間?」
「君の人間の定義による」
「うわめんどくさいやつ……さてはお前AIだな?」
「……」
チャペラが押し黙ったのが愉快で、ニラティは底意地悪く笑った。
「図星か。AIは頭はよろしかろうが、理屈を超えた人間様の直感には敵わないらしいね」
道理で誰もヴァルセトラの姿を見たことがないわけだ。最初から姿なんてないのだ。
あまりに愉快なせいか、笑い方が「がはは」に寄ってしまった。気をつけねばと笑いを引っ込めた。
「直感……か。それが君の人間の定義か?」
「どうかなぁ。
それじゃ鈍いやつとか、寝てるやつは人間じゃなくなるだろ?」
「ならば肉体の有無か?それとも人型であることか?」
「そりゃヒトという動物、種類の定義にならないか?
それは、アンタの望む答えじゃないだろ?そんなDNA鑑定すりゃ出る答えなんてさ。
形もどうかなぁ、片腕ない奴とかザラだし、アタシは脳まで何割か金属だからなぁ」
じゃあさ、とニラティは切り返した。
「じゃあさヴァルセトラ、アンタの定義は違うの?」
ヴァルセトラはチャペラの細い首を傾げて数秒、それからさらりと答えた。
「我思う、ゆえに我あり。それを望むなら人間である、としている。
完成当時の私は……確かにAIに含まれていただろう。だが、数千年に及ぶ自己診断と自己改良で、もはや原型は残っていない。
今の私は自分を……人間と呼んでもいい存在だと認識している」
含みのある言い方だが、ニラティは一旦それを聞き流した。
「それはちょっと広すぎないか?乱暴すぎる。
その理屈だと……そうだな、人間に囲まれて育ったせいで、自分を人間だと思ってる犬とかいるだろ?あれも人間になっちまわないかい?混じりっけナシの犬だよ?そんな感じじゃない?悲しいぞぉ、犬にサカれない犬見るのは」
ニラティの理屈も相当乱暴であったが、ヴァルセトラはそこに被せてきた。
「肉体情報がそれほど重要だろうか?」
そこで狭苦しい廊下を抜け、足音がとーんと反響した。そこは非常に広い空間であった。ヴァルセトラの等の半分近くを占めるだろう、街ほどもある広大な空間だ。
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さてさて、物語の終焉が見えてきました。
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