聖者の行進③
ニラティが空を行く。
その向かう先は?その目的は?
少しづつ明らかになっていきます。
是非ご覧ください。
ニラティは上空から見下ろして笑った。
「相棒ってのは恐ろしいね。まさかあいつが一番に気づくなんてね」
ニラティが巻き起こした銀色の竜巻は、夜明け前の空に凍りつき、一筋の銀色の雲の橋となっていた。
サンジーヴァナの東側から市街地へと続く橋の上を、ニラティは悠々と歩く。
雲に殆ど手応えはないが、ぐっと踏み固めると急に硬くなって足場となる。それは粉雪の上を歩くのに似ていた。
「さあ、行こうか。夜明けも近い、サンジーヴァナの住人は、今日は少し早起きしてもらおうか」
手にしたパランの錫杖は指揮棒だ。
ちりん――その一音に、背後の楽団がゆっくりと息を合わせる。
遠目こそラージャクラやサンガストラ、チャペラや滑空型であるが、その姿はいつもと全く違う。
あるものは鼻先から頭頂部にかけて突起が伸び縮みし、あるものは背中の突起の間に細い鋼線をぴしりと張り、あるものは腹にヒレのようなものを何十枚もぶら下げていた。
まず、鼻先の突起が鳴らす重低音が、雲の橋に合わせるように力強く歩幅を刻む。
そこに遅れて、尻尾で擦られた鋼線が鮮やかな高音を滑らせ、さらにヒレをかき鳴らす金属音がためらうように、けれど懸命に星屑のようなリズムを散らす。
それぞれは洗練とは程遠い原始のメロディであるが、それらの音が重なり合うごとに、合奏は滑らかに溶け合い、大きなうねりをもって一個の穏やかなメロディを作り上げる。
更には随伴する滑空型の皮膜がそれらを抱え込み、夜明け前の空に広げていく――。
やがてそれは溶け合って、かつてニラティが口ずさんでいた子守唄に姿を変えた。
子守唄は威嚇することもなく、戦いをけしかけることもない。ただ穏やかに、健やかにあることだけを願う、慈愛のメロディであった。
無論、いきなりそれが受け入れられるわけはない。楽団になったからといって氷解するほど、金属生命体との因縁は浅くない。
足元に並んでいた大型戦車が反応した。機銃がこちらを向き、砲身がぎゅるりと狙いを定める。
だが、そこまでだった。
ニラティが指揮棒を一振り触れば、戦車や機銃からは銀色のモヤが抜け、一瞬でシステムダウンした。
更にヴァルセトラの塔から無数のトラカンが飛んできた。
「停止せよ」
「降下せよ」
「今すぐ演奏を中止し、塔の上空から離れよ」
かつて普通のシュランダであった頃なら、ニラティは抵抗も出来ずに膝を折っていただろう。その記憶が、ほんの少しだけ足を重くしたようだったが、一瞬の足止めにもならなかった。
あの頃のニラティはもういない。彼女の精神は遂に、ヴァルセトラの支配を抜けていた。
ジャラン!
子守唄に重い金属音が割り込む。上空のトラカン達が生み出した火球が、雨のように一斉に襲いかかってくる。
「怯えなくてもいいじゃないか。
アタシは今、丸腰なんだからさ」
ニラティがそう言って手を振ると、足元の雲の橋がふわりと鎌首をもたげて防壁となった。炸裂する火球は、その熱の余波すらニラティには届かない。
「ちょっと話がしたいだけさ……今のところはね」
そう言って錫杖を振るうと、トラカンの翼から光が失われ、彼らはぎくしゃくと地面に降りていった。
レアメタルを使った道具では、ディルガナの力を借りたニラティは止まらないのだ。
やがて楽団が難民キャンプとスラムの上空を抜けると、雲の橋は下り坂となり、サンジーヴァナの幹線道路へ降り立った。
ニラティが引き連れる楽団は銀一色であるのだが、東の空から差し込む朝日を照り返し、更にはあたりに林立する派手な高層ビル群が映り込んで、極彩色の一団に姿を変えていた。
ヴァルセトラの塔へ向けて歩く楽団は、最初こそ恐れられていただろう。しかし武器は発砲前にシステムダウンし、トラカンすら手も足も出ない。その有様に、みな息を潜めていた。
その状態で最初に動いたのは、どうやら身寄りのない孤児であったようだ。先ほどまでは物陰で子守唄に耳を傾けていたようだったが、いつの間にか道路脇の塀によじ登ると手を振っていた。
ニラティがそれに気づいて手を振り返す。目が合ったので、にこりと笑ってやった。
それにつられて別の子供が駆け出す。その次の子供は空き缶を持ち出して見様見真似の演奏すら始めた。
害意はない。そう思ったのか這い出てきたホームレスが見上げ、濁った目をしたならず者が眩しそうに眺める。その輪がじわじわと広がっていく。
重低音と化した咆哮に身を震わせ、きらびやかな金属音に目を輝かせ、子守唄に身を委ねる。最早彼らは恐怖の対象ではなく、突如訪れた祝祭であった。
気がつけばサンジーヴァナの多くの市民が、まるでパレードを観るように一団を見送っていた。
その顔に浮かぶのは、警戒と興奮が入り混じった、奇妙な笑顔であった。
そうして楽団が踏み入れたのは、ヴァルセトラの塔へと続く参道であった。流石の野次馬たちもここまで入ってくるのは気が引けたが、奥へと進むのはニラティと≠、そして楽団だけであった。
『懐かしい……』
≠がボソリとつぶやいて、ニラティは目を丸くした。
「覚えてるの?」
『うん……あの頃のワタシはまだワタシじゃなかったけどね。
けど覚えてるよ?マムは頭から変な布をかぶって、中でレモンの入った炭酸水を飲んでた』
よく覚えているものだ。あの頃、≠はまだ幻聴でしかなかった。
それが今、ニラティは≠と手を繋ぎ、共に行進する感覚すらあるのだ。体の多くを金属生命体に侵食されたニラティと、その脳内で生まれた金属生命体の人格。ヴァルセトラと金属生命体の間を取り持つには、これ以上ない二人であった。
「今日はあの鬱陶しい礼拝服はナシだ、気分がいいね!」
『うん!』
礼拝服も行列もない参道を通って、二人とその率いる楽団はヴァルセトラの塔へとたどり着いた。
そこはかつて、レアメタルを奉納していた簡素な祭壇であった。
その奥の大きな扉に向けて声を張り上げた。
「開けなよ。レアメタルを山程持ってきてやったんだ。今日はとんでもなく活きがいいよ!」
かつて等しく価値がないとされ、徹底的に個性を消すことを強いられたニラティが、今は何も被せられることもない。それだけで爽快であった。
シュランダにとっては歴史的快挙であろう。神をも恐れぬ行為であった。
しかし、反応がない。
「聞こえないのか?中にいるんだろ?ヴァルセトラだかセラウィンだかがさ。
……答えなよ!」
だが、ニラティの声は硬く反響するばかり。その沈黙こそが、今のニラティにとって『お前にかける声はない』という軽蔑めいた返答に聞こえた。
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