聖者の行進②
ディルガナの力を借りたニラティはなにをするつもりなのか。
是非ご覧ください。
外はまだ片付けやら整備やらで少々騒がしいのだが、その分戦車内は人が少ない。いたとしても大多数は交代制で仮眠をとっているかもしれない。そのおかげでニラティは、比較的あっさり外に出た。
焼け焦げた砲塔や銃座の並ぶ甲板をぐるりと見渡し、駆け出した。最初の二、三歩こそ左右のバランスが取れなかったが、すぐにバランスを掴んだ。なんなら右脚だけで駆けた方が速いかもしれない。
「なあ、あれニラティじゃないか?」
「走ってる?」
「まさか、大怪我してるって筈だぞ」
誰かがこちらを指差している。そちらに小さく手を振ると、ニラティはどんどん加速していく。やがてスピードも、一歩一歩のストライドも人間離れしていくと、その勢いのまま砲塔を駆け上がる。
そのまま砲身の先まで駆け抜け、すぱんと鋭く踏み切って夜空に躍り上がった。人間離れした跳躍をしてみせたニラティは、月の光の中、戦車や建物の屋根を飛び移って、大型戦車を後にした。
ニラティは夜の散歩が嫌いではない。いつもの街が雰囲気を変え、人の気配が殆どなくなると、自分一人が世界を一人占めした気分になれるからだ。
それが、バカみたいな高さと速さで跳んでいるのでは、優越感は更に大きい。最初こそ巨大な三段跳びのようであったが、いつの間にか金属生命体の微粒子が足元で煙のように渦を巻き、ニラティはその上を歩いていた。
「飛ぶのとは少し違うけど、今日は自力だ。こっちの方が気分がいいや」
『凄いよマム!金属生命体だってこんなの無理だよ!』
「そうだね。まだ夢の中みたいだ」
既に第三者はニラティを見失っている。ならばこの場にいるニラティと≠の認識だけが事実である。ニラティは≠を肩車して、夜空を征くのであった。
「ぃよ……っと」
かぁん、と甲高い音をさせて降り立ったのは、サンジーヴァナを取り囲む防御線、その東側である。
肩車していた≠を降ろして、隣に腰掛けさせてから、ニラティは遠くに見える一夜像の残骸を眺めた。
「アタシはあんなとこに取り込まれてたのか……でっかいかなぁ」
『結構似てたよね。多分、圧は凄かったんじゃないかな』
「どういう意味だよ……なんでアタシの形にしたんかね、独裁者みたいじゃんか。それだけはぶっ壊してくれて助かったよ」
東側は金属生命体の丘に面しているため、門などの開閉機構はない。高さ十メートル近い鋼板と鉄条網を設け、さらに強力な磁場による忌避効果を重ねるという、防御一辺倒であった。
かつてのような統制は取れなくなったとは言え、周囲をうろつく金属生命体の姿はちらほらしている。
ここがサファリパークなら大興奮だろうが、身の安全が保証されないのでは、たまったものではない。
「ははぁ、こんだけ防御しても……見えてれば来るんだねえ」
『そうだね……本能は止まらない、ってことなのかな?』
「そりゃいいや」
足元の防御線には、数体の金属生命体が駆け寄っている。
今まではそれらを”こちらを食い殺そうとするバケモノ”と認識していた。しかし彼らの行動原理が判ると、それは融合という形でのコミュニケーション、言うなれば親愛の発露だと言える。
「おっかない顔してるけど……ああ見えてじゃれついてる、ってんだから判んないよねぇ」
二割もかじられれば死ぬニラティ達と、銃砲撃に晒され砂のように砕け、集積回路に利用されても死なない金属生命体とでは、親愛の表し方が違い過ぎる。すれ違いというか、最初から交わっていないのだろう。
「かわいいもんだ……こっちが死ななけりゃね。
いや、あいつらがかわいく見えるのは、脳が随分金属生命体に寄ってるからなのかな?」
もはやどこまで金属生命体に置き換わっているのか、自分でも判らない。
トラーナヴリティの深手ボロボロになっていたはずの神経が、今は何ともなくなっている。そこから察するに、それなりの量が置き換わっているのだろう。
しかし、今のニラティには大きな問題ではなかった。仮に自分が人間でなくなっても、人間である前にニラティなのだから。
「ディルガナ……迎えに来てやったよ。
さあ、流星の君に会わせてやる。ただ、アンタのやり方は少し手荒過ぎる。流星の連中は臆病なんだ、今回はアタシの演出に合わせてもらうよ」
パランの錫杖を通じてそう語りかけると、唇の先に触れた。
すると足元に集まっていた金属生命体が、一斉に天を仰いで咆哮した。今なら判る。彼らの咆哮は威嚇や怒りではない。あまりにかけ離れた精神構造で理解できなかったが、それはきっと歓声であったのだ。
そこに風が吹いた。歓声の咆哮をあげた金属生命体は、みるみるうちにその姿を失うと、銀色の風に溶け込んだ。
これは目の前だけではない。サンジーヴァナを取り囲む全ての金属生命体が、かつてニラティを、そして今パランを取り込んでいる丘も、同時に同じ事が起きている。
銀色の風はやがて一つにまとまると、巨大な竜巻となってこちらへ向かってくる。
かつてディルガナにそうされたときとは違う。今はニラティがそれを望み、受け入れている。だから、恐怖はなかった。
「あーもう。こんな時間だよ……年寄りは早く寝るもんじゃないのかねぇ?」
タウラカが作戦本部のテントから帰った頃には、時計は深夜をとっくに過ぎ、夜明けが近くなっていた。
実際復興プランに対して、タウラカの出資額はかなり大きい。当然口を出す権利はある。
だが、それをまとめるヴィヤーサンは政治家でもなんでもない。不慣れな仕事をなんとか取りまとめているに過ぎない。もちろん手の届かない点はあるだろうが……戦場で大暴れしたその足でプランを詰める、というのは流石に辛かった。
結論からいうと、老人の長話にクタクタであった。
「防御線の強化。サンジーヴァナと野営地の復興に使う資源調達と配分。長期計画を見据えた仮設住宅の早急な工事。家族構成、年齢ごとの避難所のゾーニング。伝染病対策として公衆衛生の徹底と区画分け……いかんいかん、眠すぎる」
タウラカの指摘のうち、すぐ取り掛かれそうな事柄に絞ってもこれだけある。こちらも戦いなのだ、かつてはエンジンを吹かして銃を振り回していたヴィヤーサンにとっては、非常に手強い相手である。
「面倒この上ないんだけど……間違ったこと言ってないから面倒くさいんだよね」
昼は体を、夜は頭を酷使してもはやヘロヘロのヴィヤーサンは、机に突っ伏した。
意識がつなぎとめられそうにない。寝るなら寝るで、どんなに簡素でもいいから寝台に入るべきなのは判っている。しかし、もはや立ち上がるのもしんどいのだ。ああ、歳は取りたくないものだ。
「あー……ハンターの連中は早めに返しといてよかった」
メレルツァたちは先に報告だけ済ませ、復興プラン検討が長引く雰囲気が出る前に帰らせておいた。我ながら会心の判断であった。こういうのに慣れない彼らは、寝落ちしたっておかしくない。
そのまましばらく、ヴィヤーサンは動かなかった。やがて、肌寒さを感じて起き上がったときには、外からは夜明けの気配がした。
「……いかん、寝てた」
何かが聞こえた気がしたのだが、目の前に立ちふさがる課題の多さに、すぐに忘れてしまった。
どうやら一時間近く意識が飛んでいたらしい。目を覚ますべく外へ出ると、なにやら周辺が騒がしい。
「何があった?」
数人連れてなにやら探している様子のメレルツァに声をかけると、小声で教えてきた。
「ニラティが医務室から姿を消した」
「……そんなバカな。あの脚だぞ、歩けるわけないじゃないか」
騒ぎに混じって何かが聞こえる。なんだろうか?少し前に聞いた気がするのだが……いや、今はそれどころではないと意識から締め出す。
「判ってる。だが、実際いない。
見かけたやつはいるが、戦車の甲板から空に駆け上がっていったとか、無茶苦茶な話ばかりで……」
「なんだそりゃ……集団幻覚でも見たんじゃないのか?
メレルツァ、君は疲れてるんだ。多分ラティは誰かがベッドを変えたりしたんだろう、君も一旦休め、でないとぶっ倒れ……」
あくび混じりでそう答えるヴィヤーサンだったが、その台詞は途中で途切れた。
そこでヴィヤーサンは気づいたのだ。聞こえてくるのは、いつかニラティが鼻歌にしていた子守唄だと。
ぞっとして空を見上げ――見えた。見てしまった。
うっすら白み始めた東の空を背景に、銀の波を従える影があった。
跳ね、舞い、流れるそれは軍隊というより、巨大な楽団の行進に近い。
先頭に立つのは女だ。そいつは銀色の雲の上をゆったりと歩いていたのだが、こちらに気づくと片手を高く掲げ、笑った。
「……ラティ」
声にならない声が、乾いた喉を抜けた。
今度こそはっきり聞こえた。あれは子守歌だ、いつか聞いた彼女の鼻歌である。
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