聖者の行進
ニラティが立ち上がります。
ここから、最後の冒険が始まります。
もうしばらくお付き合いください。
ようやくそれを書き上げたころには、時計は深夜に差し掛かっていた。
ぶつぶつと口の中で転がして、響きを何度も確認して、イェンラは頷いた。
「うん……よさそうだ」
「ありがとう、イェンラ。助かったよ。
こんな遅くまでごめんね、手間取らせて。後片付けも忙しいだろうに」
ニララティの言葉に、イェンラは見たことないくらい柔らかく微笑んだ。
「いいんだ。片付けは誰にだって出来る。こっちの手伝いは、人を選ぶからね。
いやぁ、楽しかった。
マムと二人でこんな事ができるなんて……私にとっては夢のようだ」
妙に感慨深げに言ってくるイェンラに、ニラティは笑って返した。
「大げさだよ」
「いいや、私にはそれくらい価値がある時間だったよ。
でも……普段使わない頭使って疲れた。部屋に戻るよ。私は読むほうがいいや。
ああ、そういやホボウリンが言ってたな。手が空いたら車椅子やら松葉杖作るって」
「嬉しいけど……なんかごっついの作りそうだね」
ウルロットのメタリックなアーマーを思い出して、ニラティは苦笑いしながらイェンラを見送った。
「いいヤツなんだけど……なんか湿っぽいというか、重いというか……おかしなヤツだよ」
イェンラを見送った後、口を衝いて出た独り言に≠がくすりと笑った。
『変わりもんばっかりだね、マムの周辺は』
「ははん、ノットもその中に入れてやろうか?」
『え?ワタシが一番普通じゃない?』
「変わりもんほどそう思うのさ、覚えときな」
そう言って薄く笑うと、胸元でちりんと金属音がした。紐を通したパランの錫杖を、首から下げているのだ。
「さて……通じるかな?」
これは、ただパランの思い出を象っただけの飾りではない。ディルガナに取り込まれる直前、パランから託された彼の魂だ。
たとえ離れていても、ニラティとパランは繋がっている。脳の中の金属生命体がそれを捉えるのだ。そうであるなら、それと同時に、パランとディルガナも繋がっているはずだ。
ならばとニラティは思う。パランを通じてディルガナに呼びかけられるはずだと。
脳内でこの企みを知っていた≠は、目を閉じたままニラティの隣に腰掛け、じっとそれに耳を傾けた。
「流星を求める銀脈の君よ
この声が届くなら、どうか答えてみよ
寂しさ抱えた日々のこと
今宵限りで終わりにしよう、きっと
私は向かう、君の望んだ星へ
もちろん一緒に、君と連れて
君の力が道を拓く
流星の君に、恋を繋ぐ
今日はその千年の願いが叶う日
震える鼓動で、共に向かう道
私はここだ、君のために
声を上げる、ただそれだけに
だから――
その身を貸してくれ、君の一部を
欠片でもいい、銀の粒を」
パランの魂に囁くように、口づけるように、そっと穏やかに告げる。
数秒の沈黙を挟んで、≠がすっと瞼を持ち上げた。
『来るよ』
ぞわり、と医務室の空気が変わった。金属生命体の……いいや、ディルガナの気配がする。近づいてくるのでも現れたのでもない。最初からここにいた、ただ呼びかけに目覚めただけなのだ。
部屋中の医療機器が次々とダウンし、それらの機器の隙間から銀色のモヤが立ち上るのが見えた。あれは機器に使われているレアメタル、その微細な粉末だ。これら全ては、いわばディルガナの末端である。たとえ集積回路として使用されようと、その細胞はまだ生きていたのだ。
それがパランの残滓を通じて、ニラティの言葉に答えたのだ。
「上手くいったか」
今の詩のような言葉は、ディルガナへの呼びかけをイェンラに詩として直してもらったものだ。ディルガナもこちらの言葉は理解しているようだったが、少しで歩み寄ればより食いつくだろうという、小賢しくささやかな計算であった。
ごくり。唾を飲んで手を伸ばすと、銀色のモヤは手の動きの生み出す風圧に押され、湯船に浮かぶゴミのようにふわりと指の間をすり抜ける。
だが、それは拒否ではない。風は更なる風へと膨れ上がり、銀色のモヤは意志ある煙のように、優雅な熱帯魚のように部屋の中をたゆたっている。
「ディルガナ、この脚を治せるかい?」
すると銀色のモヤは、包帯の分厚く巻かれた右脚に取り付いた。
包帯はみるみるうちに原型を失い崩れ落ちていく。まるでサンドブラストでも吹き付けたようだ。
収束したレアメタルの極微細な粒子が凝結し、微細な無数の刃物に姿を変え、包帯を切り刻んだのだ。本来肉眼では捉えられないミクロの動きを、ニラティは≠を通して理解した。
このまま脚を抉られたらどうしよう。ワニの口に手を突っ込んだような恐怖が脳裏を横切るが、杞憂であった。
再び微粉末に姿を変えたレアメタルは、縫い跡生々しい脚へと取り付いていく。その驚くべき微細さは、目ではなく肌が感じた。まるで泥のパックのように滑らかである。
相変わらず右膝から下の感覚はない。だが、見えざる手によって粘土のようにこねくり回されているような光景には、少々肝が冷えた。
「……何か言ってる?」
気づけば、小さな声が聞こえるようだ。出どころは特定の場所というより、医務室の空間全体が震えているようだ。
恐らくこれはディルガナの声だ、ニラティの呼びかけに対して、なにやら返答を囁いているのだろう。だが、この部屋に舞う量のレアメタルと風では、それだけの音量に至らないのだろう。
「なんだって?しょうがねえなあ非力なやつめ、って嗤ってる?」
ニラティの捻くれた物言いに、≠は苦笑いした。
『そんな意地悪言わないでしょ、ディルガナ。
喜んでるし……期待してる』
「へえ。妙な奴の信頼だけは厚いねぇ」
ディルガナは他の存在を見れば取り込んできた存在だ。であれば、嘘偽りや建前を言う、あるいは言われる機会がなかった筈だ。極めて純粋、疑うことを知らないその精神は眩しいが、羨ましいとまではいかなかった。
「教えてあげなよ≠、疑うことを知らないと……いつか、悪ーい大人に騙されて利用されちゃうぞ、ってね」
『騙すの?』
「今日は違う。利用はするけど、嘘ついたり騙したりはしないつもりだよ」
『ズルいなぁ、大人って』
「ノットは、こんな大人にならないようにね」
『それなら、嘘をつかない見本が見たいな』
「そりゃそうか、出来っかなぁ……うっ」
言い負かされてヘラヘラしていると、右脚の爪先から脳天を一筋の電流が通り抜けた。気が付けば、右脚の感覚が戻っていた。痛みや痺れはないが、最初からそこにあるという実感は、違和感がまるでないのがむしろ奇妙であった。
「へぇ、ディルガナのセンスかな?」
右脚はただ繋がったただけではなく、その姿も大きく一変していた。流石に全体的な大きさこそ左右で大差ないが、自然と踵が浮いた爪先立ちに近いシルエット、膝の位置が少しばかり高いせいか、脹脛は細いが腿は太い。極めつけに巨大な鉤爪の生えた足の指は三本となっていた。
手近に立てかけてあったブーツに手を伸ばしたのだが……この様子では、履けるのは左脚だけだろう。
「はは、ラージャクラの足か……いや、サンガストラかな。ディルガナが作ったんじゃ、金属生命体風になるのは仕方ないか」
すっと立ち上がると、痛みも違和感もなかった。最初からそうでしたと言わんばかりに馴染むうえに、見た目よりも軽い。質量自体はあるのだが、力の強さで重さを感じないのだ。
「へぇ、あいつらこんないい足つけてんのか」
見るからに力強い。壁どころかシャッターくらいなら容易く蹴破れる自信があった。そのくせ稼働域や自由度は生身に引けを取らない。動きは滑らかで細やか、試しに伸ばしてみると、足の指で床に落ちた紙切れをらくらく摘み上げた。
「どうだいノット、カッコイイかい?」
『うん。意外と似合うね』
見た目が光沢のある銀一色なせいか、元から部分的な銀色をメイクに見せかけていたニラティなら、遠目には銀色のハイブーツに見えなくもない。異形と奇抜のギリギリを射抜く絶妙なバランスであった。
「うん、意外と気に入った。さてと……それじゃ、行こうか」
すっと手が虚空を撫でると、医務室のドアが開いた。
レアメタルを使用した電子部品は、もはやニラティにとって手足の延長であった。
右は鉤爪、左はブーツ。左右で音の違う足音をかつごつかつごつ響かせて医務室を後にした。
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詩は、ディルガナに呼びかけるためのものでした。
さあ、最終章が始まります。もうしばらくお付き合いください。
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