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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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果たせなかった約束 ②

目覚めの拒否。

それは、戦場に置き忘れた友のため。

二つの銀河の交わりが、最期の言葉を伝えます。


どうぞご覧ください。

 ギョッとしたのは≠だ、目が二重丸のようになっている。このタイミングでニラティが目覚めたくないと言い出すだなんて、思いもしなかったのだろう。

「どうしたの?マム」

 覚醒が近づいて頭が動き始めたのだろう、二ラティは今更気がついたのだ。

「パランはどうしてる?」

 一緒に取り込まれたのは見た。取り込まれた自分と一緒に戦車大隊と戦い――不意を突かれてボロ雑巾のように墜落したのは記憶の中にあった。

 だが、それから先がどうなったのかがまるで分らない。

「ごめん……マム。ワタシは、マムを護るのが精一杯で、パランまで助けられなかった……」

 俯く≠の頭を軽く撫でる。細く艷やかな神が指の間を通り抜けるのが心地良い。

「いいや、ノットを責めてるんじゃない。アンタはよくやってくれてる」

 ≠が二ラティを護れたのは、脳内に二つの人格が同居するレアケースだったからに過ぎない。

 大して彼は脳の殆どが金属生命体に入れ替わり、トラカンであったころの人格が殆ど残っていない。であればパランは……抵抗できずにディルガナに取り込まれてしまったのだろうか。

「アイツは……パランはアタシと同じだ。

 アイツもアタシも、この世界じゃなんでもない下っ端だ。食い殺されるところに金属生命体が入り込んで、偶然助かって……。

 それが、アタシだけ助かってアイツだけあっさり死ぬなんて……あんまりだ」

 なら両者の違いはなんだというのか?頭を齧られた割合か?元の人格の残り具合か?

 そうではない。二ラティも≠も判っている。

 仲間だ、助けに来てくれる仲間の存在だ。ハンター達とニラティの関係は、始まりこそ利害関係ではあったが、その上に築いていたのは紛れもない信頼関係であり、それを良しとする精神性……そうせねば生きていけない弱い生物だという自覚があった。それに対して生まれながらに強者であるトラカンは群れる必要がない。集団を必要としないトラカンとは、その精神構造が大きく違うのだ。

 ならば仕方がないと切り捨てるのか?違う。それは断じて違う。何故なら彼はとっくに反逆者パラヴィーディンであるからだ。

 脳を鋼に蝕まれた同類だからと、連行される二ラティを助けたのは誰だ?

 二ラティ以外の誰にも見えなかった≠の初めての友達になったのは誰だというのだ?

 パランに他ならない。

 短い時間だが火傷を治療し、食事を共にし、今度はムニエルを食わせてやると約束したのを、二ラティは忘れていない。

 トラカン同士の仲間はいなくとも、パランには二ラティと≠がいるのだ。見捨てては行けない。

「何処かにいるかも知れない……死んでいるなら、せめてそれを見届けてやりたい。パランは一体どこにいるんだ?」

 口走った瞬間、頭の内側で何かが噛み合い、脳から脊髄にかけて微弱な電流が流れた。今この瞬間に回路がつながったに違いない。それは頭の奥底から涼しい風が吹き出していくような、ささやかな快感すら伴った。

 その感覚は末端に行くほど強くなり、全身の神経を駆け巡る。やがて限界を超えたか、あらゆる指先や毛先から虚空へと抜けて、暗闇を薄く照らしながら広がっていった。

「マム……今のは?」

「判らない……でも、なにか変わった気がする」

 自分の神経が、空間に根を張ってどこまでも伸びていくような不思議な感覚。羽化した蝶が自分の羽に気付いた瞬間のように、二ラティは自分の新たな感覚を直感で理解した。

「……あっちだ」

 目を向けたのは白み始めた地平線とは真逆。暗く寒い闇の向こうである。

「行こう」

「マム……判るの?」

「さあ?理解なのか、幻覚なのか……ま、使えりゃどっちでもいい。第六感……いや、女の勘の次だから七感かな」

 この先にパランがいるのか、その先からパランに呼びかけられるのか……新たな感覚に導かれる今の二ラティには、どちらでもよかった。

 ずいぶんと悪路を歩いたようでも、ほんの数歩歩いただけだったようでもあるが……気がつけば再びあたりは暗くなり、遥か頭上には銀河が煌めいて……。

「違うね」

 いつの間にか頭上では、二つの銀河がゆっくりと、交差するように渦巻いていた。

 それが共鳴なのか、感応なのか、それとも最初から金属生命体として繋がっていたのかは判らない。だが、二つの銀河が交わるその真下には、片膝ついた体勢のパランがいた。

「こんなところにいたのか……あーあ、酷いもんだね、パラン」

「ああ。君と会うときはいつも怪我だらけだ。トラカンは強い筈だったのに、泥ばかり塗ってしまう」

「別に構いやしない。反逆者なんだ、泥なんか壁ができるくらい塗っちまえよ」

 ニラティの軽口に笑うパランには、トラカンとは思えない表情があった。

 しかしその全身は激しい戦闘の跡で包まれていた。翼は尽く折れたうえに、砲弾に焼かれ、銃弾に抉られた肉体と鎧は、あの美しかったパランの姿とは程遠い有様だ。

「だが、これは君に対する仲間の思いの現れだ。大したものだ……いや、友を作れないトラカンの私には、羨ましいのかも知れない。嫉妬というやつか?妙な気分だ」

「寂しいこと言うなよ、アタシらがいるだろう?」

 その言葉に、パランは目を瞬かせた。

「そうか……そう言ってくれるなら、羨ましくないな」

「だぁろ?自慢してやんな……痛みはあるか?」

 気丈なニラティの声がほんの少しだけ揺れた。

「心配しなくていい。トラカンは元々痛覚が鈍い。それに……もう、この体には関係ないだろう」

 パランの体は既に金属生命体に侵食されていた。全身の殆どが、光沢のある銀色に蝕まれているのだ。

「……深いね」

 触れてみると、表面が薄く覆われていただけの二ラティとは違った。パランは体の奥まで冷たく、明確な金属の手応えがあった。

「ああ。私はもうすぐ、ディルガナの一部になるだろう。そうでなければ……いいや、もうとっくに死んでいるんだ、なんてことはない」

 それがディルガナにとって慈悲なのか、捕食行動なのか……そもそもあれがその二つの境界線を持ち合わせているかも判らなかった。ただ、そのまま全てがなかったことのように消滅するよりは、ほんの少しだけ安らぎを感じる。そう考えれば一種の救いか、慰めにはなる。

「今の私は……君の予備だ。

 あの丘の中で、金属生命体の群を動かすハブ、情報処理のパーツでしかない。もっともその指揮は、君より随分劣っているのだがね」

「そりゃ、アンタら団体戦死ぬほど向かないもんな」

「手厳しいが、そういうことだ」

「強い奴は群れないんだ、やらせる方が間違ってる」

 そうしている間にも、巨体からは体温が失われていくのが見える。それを惜しんでか、その大きな手にすうっと重なったのは≠の小さな手であった。

「ごめんね、パラン……助けてあげられなくて……」

「いいんだ。君が二ラティを優先するのは当然だ。理解しているよ。

 ……参ったな、君らの顔を見たら、ニラティの作るムニエルとやらを、食べてみたかったと思い出してしまった」

「ハードル上げんなよ、棒高跳びになっちまう」

 果たせなかった約束に胸を詰まらせていると、じゃらん、と聞き覚えのある音がした。

「そんな顔をするな……これを受け取ってくれ」

 目の前に現れたのは、パランが持っていたのと同じ錫杖であった。

 二ラティの身の丈をはるかに超える金属の塊であるが、夢の中とほぼ変わらないここでは、別段重さを感じることはなかった。

「……判ったよ、パラン。お前も連れて行ってやる」

「……ありがとう」

 パランが微笑むと、そのまま物言わぬ銀色の像のように動きを止めた……おそらく、彼の意思は既にこの世から永遠に失われていたのだろう。今まで会話していたのは、きっとその僅かな残り香に過ぎない。これは弔い……いや、弔ったという慰め、自己満足でしかない。

 二度もパランを殺そうとした二ラティに、その消滅を悲しむ義理があるとは思えない。だが、一人の友を悼む気持ちは偽りではない。理性と感情の相反する二つを、二ラティは静かに、だがまとめて飲み込むのに、数分の時間を要した。

「私達は……なんなんだ?」

 口をついて出たのは問いというより嘆きに近い。本来この星は、ディルガナ達のものではないか。

 それを知らずに丁度いいとばかりに移り住み、金属生命体を資源として利用するだなんて、あまりに傲慢ではないか。ディルガナがそれを苦痛に感じていないのが、せめてもの救いだ。

「この気持ちは……なんなんだ?」

 何も理解できないまま使われているシュランダ。それをただ制圧するだけのトラカン。両者ともなんと虚しい存在だろうか。命に価値がないのは、シュランダだけではなく、トラカンも大差ない。むしろ、ただの暴力装置でしかないトラカンの方が哀れですらあるかもしれない。

 やるせない。あまりに大きな虚無感は、胸に大穴が空いたようであった。

「なんでこんなことしてるんだろうか……アタシ達……」

 ヴァルセトラはレアメタルを何に使っているのか?それはかつて≠が口にした疑問であった。だが、そのときの二ラティは不思議に思わなかった、不思議に思えなかった。当たり前であり、自分のあずかり知らぬどうでもいいことであった。

 だが、今は違う。自分達が自然発生でないなら、何のために生まれたのか、何のために生きているのか、初めてそれを我がこととして意識した。

 踵を返し、二ラティは白み始める地平線へ向けて歩き始めた。二ラティの背丈程度に縮んだ錫杖が、しゃらんと鳴り響いた。それはまるで、小さくなったパランが、そばにいるようであった。

「行こうか、ノット」

 遠い地平線から日が差すのが見えた。気づけば、頭上で渦巻く銀河のうち、片方は殆ど消えていた。

「うん……みんなのところへ帰らなくちゃね」

 ≠の言葉に、二ラティはしゃらんと錫杖を鳴らすと、光射す方向へと向けた。

「そうだね……ついでに、ヴァルセトラ共に用ができた」

「……用?」

「一発、ぶん殴って……なにがしたいのか聞き出してやる」

 ヴァルセトラに使い潰されるのか、ディルガナに食い尽くされるのか、シュランダには2つの未来しかないというのだろうか。

「どっちもクソ食らえだ」

 余りに酷い目覚めの一声であった。


ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

気に入っていただけたら、お気に入りやブックマークで応援してもらえると本当に励みになります。

あなたの一言が、次の物語を紡ぐ燃料になります。


さて、パランとの奇妙な友情はここでピリオドです。友情と言っていいのか……どうなんでしょ。

ぜひ感想で教えてください。


よろしければ拡散、趣味の合うお友達におススメしていただけると幸いです。

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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


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