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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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果たせなかった約束

救出されたニラティはになにが起きていたのか、

今回はそちらに目を向けます。


是非ご覧ください。

「ん……?どこだ、ここ」

 気づけば二ラティはぼんやりと立っていた。立ったまま、目を開けたまま眠るだなんて気持ちの悪い特技、いつの間に習得してしまったのだろうか。

 暗い。これは、光量が乏しいというより、脳が周辺状況を理解できていないのだろう。ひどい貧血による立ち眩みを堪えているような、何もかもが緩慢で、遠く薄く感じる。

「ああ……ここか」

 唯一はっきり見えるのは真上。遥かな頭上に満ちる深い闇に、冗談のように巨大な銀河。それか音もなく渦を巻いているのが見えた。

 思い出した。ここに来たのは二回目だ。ここは、≠の作り出した夢……のような世界のはずだ。

「ノット、いるんだろう?出ておいでよ」

 返事はないが、気配がある。闇の向こうで何かが動いている。あまりに頭が回らないものだから、鼓膜が震えても、目に光を受けても、きっとそれを”音や光景”として脳内処理が追いつかないのだろう。

「なんだよコレ……アタシはまーた仮死状態にでもなってんのかね。まったく、アタシゃクマムシかっつうの」

 脳が動かないのだろうか、自分が白痴となったようで少々気分が悪い。頭が回らないのはともかく、≠が出てこないのは何故だろうか?何か忙しいのか?それとも目の前にいるのに理解できていないのか?

「ヤだなぁ、アタシもぶっ壊れたらこうなっちゃうのかなぁ。まあ、自覚できないなら幸せ……なのかなぁ?」

 短いため息。何故こんなにも頭が回らないのか、思い返すとしよう。

「つってもなぁ……なんだっけなぁ」

 空気中のチリをかき集めるように、記憶の欠片を拾い集めながら、ふらふらと歩き回る。

「湖で焼き魚食べて……そうだ、ノットとパランがなんか聞こえるって言い出して、見に行って……ディルガナがいたんだ」

 パチンと指を鳴らすと、周囲の闇がほんの少し薄れた気がした。絡んだコードを解くように面倒でもどかしいが、今はコレしかやることがない。

「そうそう、アイツは詩でしか喋れない上に、食われるのと融合の区別もつかない変わり者で……そうだ、取り込まれそうになって逃げたんだ、パランに乗って」

 そこまで出てくればあとは容易い。

「でも……捕まったんた、金属生命体の風に」

 そこまで思い出した瞬間、すぐ目の前に立っているラージャクラと目が合った。

「うおっ!」

 飛び上がったとき、既にそのラージャクラはこちらに襲いかかってきていた。

 武器も車も身を隠す場所もない。夢みたいな場所なのだから死にはしないのでは?と思わなくもなかったが、それにしたってわざわざ食われて見るほど酔狂さは持ち合わせていない。

「なんでこんなところに?!」

 走って逃げようとしたが、右足が重くて動かない。

「クソッ!夢なら飛べたっていいだろうが!」

 吐き捨てるが、それで身が軽くなるわけでもない。鋭い牙がずらりと、何重にも並んだラージャクラが、大口を開けて二ラティに襲いかかるその瞬間。

 目の前で、真っ赤なリボンが揺れた。

 その小さな背中が立ちはだかると、不可視の壁に弾かれたかのように、ラージャクラが弾き飛ばされた。

「ノット!」

「よかった。戻ってきたんだね、マム」

「戻ってきた?一体なにを……」

 そこで二ラティは気付いた。牙を剥いているのはラージャクラ一頭ではない。数え切れないほどの金属生命体がぐるりと辺りを取り囲んでいる。

 アリの群れに落とした飴玉のように押し寄せるそれらを、≠が不可視の壁を広げて防いでいるようであった。おそらくは、理解が追いついたのが今なだけで、≠はきっと数時間、下手すれば数日間もこうして守ってくれていたのかもしれない。

「そうか……護ってくれてたんだね。ディルガナに取り込まれないように」

 目の前に迫るラージャクラ共は、どうやら二ラティを取り込もうと侵食する金属生命体の心象なのだろう。

「うん」

「ありがとう……でも辛くない?大丈夫?」

 こちらをちらりと振り向いた≠の顔には、少々疲れが見えたが、口元にはまだ微笑みが残されていた。

「ちょっとだけ、面倒かな。……でもこの子たち、マムしか見てないんだ。ワタシは同類だからかな?だから、辛いとかはないよ。

 ……もうすぐ終わるから」

 ≠の言葉通り、金属生命体の攻勢は少しずつ下火になり……やがて嘘のように消え去った。

「……ホントだ。じゃあ、そろそろ目を覚まさないとね。どうすりゃいい?

 アタシは食われたのかな?素手で腹をぶち抜くのは、ちょっとしんどそうだねぇ」

「大丈夫だよ。マム、もう助かってる。だから侵食も収まって、目が覚めつつあるんだ」

「うん?」

 すると頭上、銀河の向こうが透けて見えた。そこには、寝台に横たわる自分がいた。人工呼吸器やら何やら、名前も判らんような機械が鈴なりに着けられている。

「……死にそうじゃん。全身銀色だし」

「……自覚ないの?仮死状態だと思うよ?」

 けろりと言ってのける二ラティに、≠は呆れた口調であった。

「なんせ一回本当に死んでるし、ここに来るのも二回目だからね。慣れちゃったのかもね、悪い意味で」

 図太いのか壊れているのか、自分でも判らない。しかし、慌てふためくよりはいくらかマシだと開き直る。

「しかしまぁ……雪が積もってるような山奥だったのに、なんで医者に担ぎ込まれてるんだい?

 登山家が偶然見つけたとかじゃないよね?」

 段々と意識が覚醒しつつあるのだろうか、横たわる自分の周りには、救助隊らしき者が何人もいるのが見えた。

「なんか……大掛かりなことになってない?」

 首を傾げる二ラティに、≠は当たり前のように言い返した。

「決まってるでしょ?マムを助けるために、みんなが頑張ったんだ」

「いや、そこじゃなくて……みんなで助けてくれるのはありがたいんだけどさ?

 なんで、アタシがひどい目に遭ってたのを、皆が知ってんだ?って話」

「……」

 露骨に目を逸らす≠だが、二ラティはその目線の先へと回り込む。

「知ってる雰囲気だね、≠。教えておくれよ。

 どうせ目が覚めたら誰かから聞くんだ、知るのは早いほうがいい」

「うん……」

 すると空の一角が明るくなった。渦巻く銀河の向こうに、二ラティ奪還のために繰り広げられた、サンジーヴァナ史上最大の戦いのあらましが映し出された。

「ほうほう……あらら。うーわ、まじかよアタシ自己顕示欲ヤバイ奴みたいじゃんか」

 サンジーヴァナの側に一夜像が出来たあたりまでは軽口を叩けた二ラティであったが、本格的な奪還戦が始まると言葉を失った。

「え?……いやいやいや……うわっ。げっ……えっ、ええ……」

 なんだこの戦いは、まるで戦争ではないか。

「これが……アタシを取り戻す為に?」

 呆然と呟く二ラティに、≠は小さく頷いた。

「そうだと思う……金属生命体そのものも脅威だけど、やろうと思えば長距離砲撃で潰すことも出来たはずだからね」

「困ったな……どんな顔して起きりゃいいんだか」

 頭を掻く二ラティに、≠はこともなげに返した。

「笑顔でありがとう、って言えばいいんじゃない?

 皆はマムに何かしてもらいたくて助けたんじゃない。マムにこれからもいてもらうために助けたんだと思うよ?」

「それもそうか……いやぁ、愛されガールは辛いね」

 純真な≠の言葉がむず痒い。まあ、早く目覚めた方が、余計な心配もかけずに済むだろう。

「ほら、明るくなってきた、もうすぐ目覚めるよ――」

 僅かに白んできた遠い地平線に対して、あろうことか二ラティは待ったをかけた。

「ちょっと待て」


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