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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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年増の眠り姫は高くつく

眠り姫の守護者は素早く、賢い。

本来なら当たるはずがない。

それでも撃たねばならない。

惚れた女が待っている。

『こちら一番砲塔、準備はできたが……一つ問題がある』

「どうした」

『トラカンの攻撃で発射スイッチが効かない。発令所から撃てるか?』

「……なんだと?」

 素っ頓狂な声を上げるメレルツァ、一応火気管制官のクワルに目配せをすると、向こうはこわごわと頷いた。

「ちょっと待って下さい。砲塔の制御と発射信号のバイパスを……はい、作りました」

 まだ若く、青瓢箪と詰られることも多いクワル。彼は万事自信がなく頼りない印象であるが、仕事は速い。

「……これです」

 指さしたのはコンソールの端にあるいくつかのボタンだ。左右の旋回と砲身の上下、そして発射のシンプルなものだ。

『撃てそうか、よかった。頼むぞ』

「……俺が撃つのか?」

 メレルツァは目眩がした。この局面で、最後の一発の引き金を任されるとは思ってもいなかった。しかし……クワルは青ざめ、他の連中も手一杯の今、他にできる者がいない。

 ただ闇雲に空へ向けた砲撃を繰り返す彼らは、本来あるべき軌道計算や弾道予測を目視と勘に頼るしかない。クソ重い砲塔の動きで、あの自由自在に飛び回るトラカンを狙うだなんて、バットで蚊を叩き落とすようなものだ。

 そもそもぶった切られた砲身では、砲弾の初速や精度は大きく落ちるというのに。

「……博打か」

 博打であるなら、気を乱した方の負けである。深呼吸で心を無理に落ち着かせながら、メレルツァは第一砲塔を限界まで後方へ向けた。傍目には自爆でもするように見えたか、発令所の人間に緊張が走る。

「第二砲塔、徹甲弾の換装作業は?」

「完了しています」

「よし……砲塔作業員は全員避難、巻き込まれたら死ぬぞ」

 作業員の退避を待つ間、メレルツァはパランの動きをじっと見ていた。俄然向こうが優先といえ、当たれば危険と判っているのか、流石に回避と反撃主体の動きである。

「……ああ、あれも一応人間か」

 多少は動きにクセがある。真正面から来れば左旋回、上下よりは左右の反応の方が鋭い……だが、本人もそれを把握しているフシがある。画面越しでも厄介な相手であるが、これで少しでも博打が良い方に転ぶなら、頭に入れておくに越したことはあるまい。

「とにかく撃て、撃って撃ってうちまくれ!」

 やるしかない。メレルツァは腹を決めると、戦車隊に檄を飛ばした。


「……そろそろ仕込めたか?」

 しかしメレルツァ、檄を飛ばしても、これといった指示は出さない。連携も取らせずに、やたら滅多に撃ちまくらせていた。

「引き続き対空攻撃を続けろ……たが、母艦の真上は少し手を抜け。ドーナツ状に弾幕を張って、ヤツを大型戦車の頭上に誘い込め」 

 大隊の拙い対空攻撃に慣れたパランにとって、この程度を避けるのは簡単であったろう。だからこそ、気づかれないうちに大型戦車の直上誘い込めるのだ。

「停車しろ。第二砲塔、砲撃準備。標的は一夜像だ」

「え?今目の前でそんなことしたら……」

「いいから」

 狼狽えるクワルだが、その操作に第二砲塔がゆっくり旋回する。 

 もちろんそれは、真上のパランに丸見えだ。砲撃の気配にすぐさま気づくと、上空を滑るように動き、第二砲塔へ攻撃を仕掛け――

「かかった」

 パランが攻撃する為に動いた先は、切断された第一砲塔の目の前であった。

 既に破壊したはずの第一砲塔だが、さすがに目の前で動けばパランも警戒しただろう。なんとしてでも、砲の目の前に誘導する必要があった。

 だから弾幕に慣れさせた、シュランダの対空攻撃なぞ恐るるに足らぬと丁寧に刻み込んだ。そして直上ほ弾幕を薄くして、気づかれないように真上へおびき寄せた。仕上げに、目の前で第二砲塔を動かし、一夜像を狙って見せたわけだ。

 囮である。今動かせる全てを、最後の一発の目の前に誘い込む為に使い捨てるつもりだった。

「年増の眠り姫か……まったく、高く付く女だ」

 スイッチ。即座に砲塔が火を噴いた。

 勿論パランもバカではない。なんなら人間の限界を超えた反射速度を持っていてもおかしくない。目の前で散弾をブッ放されても、避けられたかもしれない。普段なら。

 しかし、第一砲塔は半分に切断されている。短い砲身が砲撃から奪うのは砲撃精度と初速だけではない。散弾の収束率もだ。

 半分にされた砲身から撃ち出された散弾は、通常よりもずっと広く不規則に散らばる。今まで全ての砲撃をギリギリで躱していたパランは、それを見誤っていた。

 この戦いで初めて、砲弾がまともにパランを捉えた。初速の失われた散弾はパランごと消し飛ばすほどの力はなかったが、銀色の翼を奪った。パランはバランスを大きく崩し、その機動力は見るからに失われる。

 そしてこの瞬間を、四番戦車に属する全ての射手が目撃していた。

「撃て、撃て撃て!蜂の巣にしてやれ!」

 連携などというものは頭になかった。この日――いや、シュランダの歴史上降り積もったトラカンへの反感が、無数の弾丸を依り代に一気に襲いかかった。あまりに集中した弾丸は鳥の群れのようにうねりと共にパランを飲み込む。その中では弾丸同士が衝突を繰り返しているのだろう、雷雲のように無数の火花が閃いていた。

 一瞬でズタボロになったトラカンは、はたき落とされた蛾のようにきりきり舞い、錐揉して丘の向こうへと落ちていった。

 歓声が上がるが、メレルツァはすぐさまそれを制した。

 あんなものは目標でもなんでもない。ただ、一つの障害を超えただけだ。

「第二砲塔、撃てるか?」

『今の砲撃の余波で多少は精度が落ちていますが……砲撃は可能です』

 舌打ち。少々捨て身が過ぎたようだが仕方あるまい。散弾を外していれば、全滅が見えていたのだから。

「目標、一夜像腰部」

 照準の先にそびえる像は、首と腕をもがれた無残な姿である。人間であれば直視に堪えない惨たらしい姿の筈なのに、どういうわけか艶めかしさが漂う異様な光景であった。

「まるででっけえコーラ瓶だが、それも見納めだ。叩き折ってやれ。撃てッ!」

 砲撃が天地を揺るがし、一夜像の鳩尾に直撃。胴をへし折られた像は大きく傾き……やがてその胸部は鈍色の砂となって崩落を始めた。形を失い膨大な量のレアメタルの中に、一つだけ大きな塊があった。目撃した全員が、それを二ラティだと確信した。

「回収班、しくじるなよッ!」

 メレルツァのその声は、命令でも号令でもない。反射的に口から飛び出した本音であった。

  


ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

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あなたの一言が、次の物語を紡ぐ燃料になります。


メレルツァは執拗な罠でパランを誘い込みましたが、皆さんならどうしたと思いますか?

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