眠り姫の守護者 その②
鋼の眠り姫(年増)を守護する銀色の翼、
全滅に近い戦力、
全てが彼を負いつっめる。
今欲しいのは慰めではない、心を駆り立てる燃料だ。
シュランダにとって空は憧れであった。鳥を見て、雲を見て、風に吹かれて、自分も飛びたいと思うことは、自然なことであった。
しかし、一部の玩具やドローンを除いてシュランダは今日に至るまで自力の飛行能力を手にしていない。
それは何故か?
まず一つ、目前の最大の脅威である金属生命体が陸生であること。この一両日で生まれた滑空型や、高所からの急襲以外で頭上から攻撃する、攻撃される事態が比較的レアケースであった。大口径砲で金属生命体を倒し、レアメタルを大規模に回収するのに、限られたペイロードはささやかすぎた。
そして二つ目にして最大の理由が、”既にトラカンという絶対強者が存在する”ことであった。
即ち、対空攻撃という技術そのものが、他に比べて極めて未熟であるということだ。如何に逆らおうとも、一言で戦えなくなるトラカン相手の技術を開発しようと、考える者すらいなかった。
「撃ち落とせ!何としてでも追い払え!リーシャルとソルムッカにも援護を要請しろ!
徹甲弾じゃ当たらん!散弾だ!対地と対空で使い分けろ!」
ただでさえ神経をすり減らす戦場が、より一層辛く激しくなっていく。地獄がより一層深みを増した。
砲撃には直射と曲射というものがある。前者は一直線に狙って撃つもので、二ラティの狙撃や、さっきまでの精密砲撃はこちらに該当する。対して後者は山なりの弾道でより遠く、あるいは障害物の向こう側を砲撃する技術だ。中型砲以上のものならば、得意不得意はあっても一応出来るものが多い。
物理的に限って言えば、大体の大型砲はほぼ真上に向けて撃つことは可能である。
そう考えると、一見どうにかなりそうである。直撃は難しくても、掠めたり牽制したり程度はどうにかなるだろう――というのが、対空攻撃を知らないシュランダの想像の限界であった。
「クソッ……なんでだ、なんでこんなに当たらねえんだ!」
メレルツァの言葉は、その場の全ての砲手の気持ちを代弁していた。
弾を高くまで打ち上げることと、空を飛ぶ相手を狙って撃つのは、傍目に差はなくともその難易度は天と地を更に引き裂く程に難易度が異なる。
対空攻撃には速射性、弾速、追尾能力、軌道予想、曲射には要求されない多くの条件が要求される。これをいきなりのぶっつけ本番でこなすのは不可能と言って良いだろう。
散弾ならあるいは……という僅かな願いも虚しく宙を切る。散らばる散弾であっても、一度拡散するパターンを見切られてしまっては意味がない。大空の覇者であるトラカンには、これをギリギリで躱しながら反撃の火球を叩き込む余裕すらあった。
いくら数多の砲が火を吹こうと、トラカンに赤く輝く花束を捧げるだけであった。
「マズいな……」
回収車に乗り込んだヴィヤーサンは顔をしかめた。大型戦車からの砲撃が期待できない今、遥か頭上に埋め込まれた二ラティの回収は不可能だ。
「どれくらい持ちそう?電気」
「……三十分が限界です」
「おお、結構もつモンだねぇ」
回収車は武装こそ積んでいないが、電磁石を利用した磁場発生装置が積み込んである。金属生命体が強い磁力に忌避反応を示すのを利用したものだ。コレがある限り、金属生命体はこちらに近づいてこない。……だが、露骨なタイムリミットがある。
かと言って大混戦になっている向こうへ戻るのは間違いなく悪手、再びここに来れるかすら怪しい。
戦う力の無い自分が憎らしい。忌々しさをため息でごまかして、上空を自在に飛び回るトラカンを――見上げて、背筋が凍った。
銀色のトラカンが掲げた錫杖から、冗談のように巨大なプラズマの刃が生じる瞬間を目撃してしまった。
パランに気を取られれば地上の金属生命体の牙が閃き、金属生命体に気を取られれば上空から火球が降り注ぐ。上下から揺さぶられ、メレルツァの戦車大隊は大きく戦力が削られていた。
「クソッ……あと一歩、あと一歩なのに……」
これ以上削られれば退却すら出来なくなる。自分一人なら二ラティの為に闘死するのも悪くないが、それを部下に命令は出来ない。
どうしたものかと歯噛みするメレルツァの耳に飛び込んできたのは、ヴィヤーサンからの通信であった。
「ヤバいのが来るぞ!逃げろ!上だ!」
カメラが捉えたのは、上空から巨大なプラズマブレードが振り下ろされようとする瞬間であった。
狙いは発令所、この戦車ごとぶった切るつもりだ。ヴィヤーサンの言葉が避けろではなく、逃げろだったのはそこにある。もはやそれは、避けようのない攻撃なのだから。
――ああ、死んだな――
メレルツァの心がまさに折れる瞬間。パランの至近距離で砲弾が炸裂した。流石のトラカンも至近距離で炸裂に不意を突かれたか、銀色の巨体が初めて揺れ、大きく体勢を崩した。
既に振り下ろされたプラズマの刃は大きく発令所を逸れ、第一砲塔の砲身をまとめて半分に切り落とすに留まった。
炸裂の正体は、避けたはずの榴弾と、避けたはずの散弾の空中衝突である。これ自体は奇跡と言うべき低確率の事象であるが……これだけ無数の戦闘車両が、雨あられと銃砲弾をばら撒き続けているのだ、それくらいの奇跡を引く試行回数は、とっくに稼いでいた。
劇的な命拾いであったが……状況は何も好転していない。一度死を覚悟し、命拾いしたメレルツァは、折れた心を即座に戦場へと引き戻せなかった。
「ここまでだ……退却する。クレンズも戻れ」
既に損害は三割近い。このままでは生きてこの場から逃げることすら出来ないだろう。
だが、生きて帰ってそれでどうする?サンジーヴァナからこれ以上の戦力を再度捻出出来るのか?万が一次があったとして、その時までに金属生命体がさらなる進化を会得していたら?
そもそも、あのトラカンを振り払えるのか?
不安材料は山のようにある。だが、打開策が一つもないのだ。しかしここに残るのは、もはや緩やかな自殺でしかない――
『五分……いや、三分くれ』
通信に割り込んだのは、いつの間にか第一砲塔にいたホボウリンであった。
『一つだけ、最後に一つだけ試させてくれ』
「バカ言え。ぶっ壊された砲塔に何ができる」
吐き捨てたメレルツァにホボウリンはすぐさま怒鳴り返した。
『壊れてねぇ!こいつはまだ生きてる!戦える!
切られたのは砲塔じゃない、砲身だ。装填も発射もできる。流石に一発が限度かもしれんが、最後の一発がある。
三分あれば息を吹き返す……悪いな、こっちはもう応急処置を始めてるんだ』
長年メカニックをしてきたホボウリンにとって、武器はたちは友人や子供のような存在であった。彼らがまだ戦えるのであれば、限界まで共に戦うのが、彼の信条であった。
「バカを言え……一発の好奇心に千人以上を巻き添えにできるか」
メレルツァの言葉は長として正しい。だがホボウリンは食い下がった。理屈が逃す千載一遇の希望に賭けた。
『このまま退却しても、どっかでトラカンを始末しなくちゃならない。
あんなもん引き連れてサンジーヴァナに帰れないだろう?だったら、やれることはやるべきだ』
「無茶ばっかり言いやがって……」
メレルツァは頭を掻き毟る。彼に突きつけられた選択はあまりに重い。どちらにしろこれを選ぶには、常人をはるかに超えた胆力が要求されるだろう。
「増援です!」
「は?」
メレルツァは耳を疑った。この血みどろの戦場のどこに、そんなものが期待できるというのか。
『どうした相棒、丸くなったな』
『こっちも行かせた!少しだが……頑張れ!』
丘の麓で戦う第五、第六戦車大隊がバギーや装甲車、戦場の一部をこちらに回してきたのだ。
「リーシャル、ソルムッカ……お前らだって余力ねえだろ!」
メレルツァの声が震える。胸が詰まって立ち尽くしていると、今度は近くの奇岩と、そこにかたまっていた金属生命体が轟音とともに消し飛んだ。
「援護射撃です!これは――」
『呼ばれるなら反省会より、祝勝会にしたいの』
『こちら主砲が遊んでいる、堪えろ!』
ツムムとリシマーである。あちらの方が長く戦っているというのに、彼らはこちらを見ていたのだ。
『心を強く持てメレルツァ!お前の今の顔、二ラティが見たら何と言う?』
どしんと声を張り上げたのはガナートである。激励と言うより、挑発か。だが、それを燃料にメレルツァは自分を駆り立て、自分の顔をばしんと張った。迷いを振り切り、全てを背負う覚悟を決めた。
「十分……今から十分だけ待つ。
第二砲塔は徹甲弾に換装作業を始めろ」
血を吐くようなメレルツァの決断に、ホボウリンは嬉々として答えた。
『よし、判った。もう少しだ、なんとか踏ん張ってくれ!』
一日千秋という言葉があるが、それを分単位で味わうのはキツい。特に自身が最前線で戦ってここまでのし上がってきたメレルツァは、仲間の死闘を遠くで眺めている自分が許せなかった。
何日もそこで待っているような気もしたが……その間、秒針は三周もしなかったろう。
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