鋼の眠り姫 その②
ニラティ救出作戦が始まります。
是非ご覧ください。
『では、作戦開始は三十分後……健闘を祈ります』
小石より大岩の方が動かすのに力が必要であるように、人間の集団も大きいほどすぐには動けないものだ。
出撃を目前に控え、ありとあらゆる最終確認と配置準備などで、戦車内は騒がしくなっていた。ホボウリンやイェンラも忙しそうに、色々と目まぐるしく動いている。
「へぇ。モノが新しくなっても、やっぱり準備は大変なんだねぇ」
ヴィヤーサンがレアメタルハンターの第一線を退いておよそ二十年。武器は大きく変わった。破壊力や規模、UIや規格まで整備された今、ブリッジの皆が何をしているのか、大体の推測は出来るが、手元の操作はまるで意味が判らない。なんならわかろうともしない。
手持無沙汰のヴィヤーサンは懐からミントタブレットを取り出した。ふた粒ほど噛み砕くと、焼けるような清涼感と、弾けるカフェインのカプセルが舌に刺さる。
「お疲れ、ミント食べる?」
手の空いたらしき連中に声をかけ、数粒振る舞う。
「忙しそうだねぇ。いやいや、やっぱり仕事の効率が上がると、作業自体は増えるもんなんかね。人間、いつまで経っても楽にならないねぇ」
そんなことをしながら発令所をうらふらしていたところ、その背中に声がかかった。
「物好きだな、クレンズ」
「うん?」
振り向くとそこには短髪にレザーベスト、異様に巨大なネックガードで顔の下半分を隠した男――メレルツァの姿があった。
「物好き?僕が?んー、それはどの話だい?心当たりが多くて絞れないな。
ミント食べる?」
「いらん、辛い」
「ああ、そういえば子供舌らしいね。ラティから聞いたよ」
ヴィヤーサンはからりと笑うが、ネックガードで口元を隠すメレルツァの反応は読めない。
「どういうつもりだ?」
「いやあ、おっさんになると口の中の清涼感が欲しくなるのさ」
「そうじゃない」
ヴィヤーサンの飄々とした物言いに、メレルツァは少しだけ苛立ちを見せた。
「ミントなんかどうでもいい。フィクサーがわざわざ前線に、しかも一番危険な突入役の四番戦車に乗り込むなんて、物好き以外のなにがある?
あんたは救出班とは別に見るもんがあるだろ、避難キャンプのテントに残って、ふんぞり返っていればいい」
その言葉はもっともであった。
ふんぞり返るかは別として、避難キャンプとその周辺では細かな問題がまだ山積みである。もちろんヴィヤーサンは滞りなく済ませる手配をしてあるが、彼がいるに越したことはない。ところがヴィヤーサンは肩を竦めると、へらっと笑ってみせた。
「だってテントにいたらタウラカ会長と一緒に缶詰だよ?ヤだよ、あんなおっかない爺さんと顔合わせてるの。加齢臭がうつっちゃうよ、これでも気にしてるんだ」
メレルツァは僅かに鼻で笑った。
「それだけか?ならソルムッカの戦車でいい。指揮はあいつが執ってるんだ、三宝気取りでサポートするならあっちに乗るべきだ」
「なかなか鋭いね、メレルツァは」
観念したように息を吐き、ヴィヤーサンは遠い目をして答えた。
「なんで……か。実際訊かれると難しいなぁ。ラティとは長い付き合いだからね。ラティを助けるなら、絶対に力を貸したい……そうしないと気が済まない」
「……惚れてるのか?娘みたいなトシだろうに」
二ラティの”今”しか知らないならそう思うのも無理はない。ヴィヤーサンに言わせればとんでもない誤解なのだが、どこまで喋って良いのか見当もつかない。
「おっさんの惚れた晴れたなんて誰が聞きたいんだ、出撃前の士気に関わる、勘弁してくれ。
いつでも賑やかで目が離せない、そんな友人が偶然女に生まれた、それでいいじゃないか。そんなことが気になるなら、れこそ惚れてるのは君だろう?」
メレルツァの眉がわかりやすく跳ね上がった。
「眺める分には楽しいけど、嫁や彼女には向かないと思うよ?気と我の強さが顔に出てる、この前垂れた強気を踏んだのか、滑って転んでたよ」
他愛もないヴィヤーサンの小噺だが、メレルツァは顔色一つ変えずにネックガードを下げた。
「……これを見ろ」
凛々しい素顔であるが……目を引くのは右頬だ。そこは大きくえぐれ、歯列が露出していた。
「おやおや……随分古い傷だね?」
「ガキの頃金属生命体に襲われてな。なんとか撃退したが、このザマだ。
怖がるやつ、変に気を使うやつ、アンタみたいに探ろうとするやつ、色々いたが……二ラティだけは褒めてくれた”その傷は頑張って戦った勲章だ”ってな。
その日から二ラティは、俺にとっちゃ、命を賭けられる相手になったんだ。惚れたと言いたけりゃそれでも構わん」
二ラティが肯定してくれたことで、この傷はメレルツァにとって誇りになったのだ。世界を広げ、恐怖を取り除いてくれた彼女のためなら、メレルツァはなんだってする覚悟があった。
最も危険な突入班くらい、怖くも何ともない。
「ふふ……」
「何がおかしい?」
「いいや。ラティはいい女だな、ってさ」
「今更気づいたのか?お前の目は節穴だな、クレンズ」
「そうだね……だが、おかげで確信できたよ。君が信用できると」
二人が固い握手を交わしたのは、出撃5分前であった。
ガナート、ツムム、リシマーが出撃していく。その光景を遠距離から捉えたドローンの映像に、ヴィヤーサンは呟いた。
「こりゃすごい……本当に戦争だ」
かつてサンジーヴァナで勃発したどんな武力衝突よりも大規模だろう。それが、たった一人の女を取り戻すために集められたかと思うと、実に痛快な気分であった。
縦一直線に並んだ大型戦車は、いわゆる単縦陣。素早い攻撃を仕掛けるのに最も適したフォーメーションである。どれも砲塔をゆっくりと旋回させ、いつでも互いの支援ができるように構えている。当然ながら最も熾烈な戦闘が予想されるのは先頭である。そこにはガナートがいた。
いち早くこちらの動きに気づいた一匹のチャペラと呼ばれる小型の金属生命体が天を仰いで咆哮した。刃物を突き立てられた鉄板が絶叫を上げるような。硬く、冷たく、耳障りな鳴き声が、戦いの火蓋を切る合図となった。
巨大戦車三輛を核とする戦力を包囲すべく、膨大な数の金属生命体が雲霞の如く押し寄せる。限界まで引き付けて、更に引き付けて――あわや食いつかれるその瞬間、
『攻撃開始ィーッ!』
ガナートの野太い号令で、彼らの武装が一気に火を噴いた。
陣形の最外郭では、バギーや装甲車が縦横無尽に走り抜け、小型で敏捷なチャペラや、バランスの取れた脅威であるサンガストラ、あるいは滑空型の個体を狙う。撃破できなくとも連携を分断し、戦線の瓦解を図る動きだ。
『一個体にこだわらない!撃破より分断!進路妨害と撹乱がメインっ!』
『とにかく出鼻を挫け!こっちには一匹も入れるな!弾薬の補給線を切らせるな!』
『消耗する前に撤退!後詰と入れ替わり続けて戦線を維持しろッ!』
ツムムやリシマーの号令が飛ぶ。バギーや装甲車の目的は露払いだ。打撃力はなくとも、連中の動きを止める要であり、こちらの展開の軸でもある。
バギーや装甲車の内側には小・中型の戦車が飛び石のように点在している。彼らはあまり動き回らず、大型戦車との相対位置を保ちながら、火力の中核と迎撃を担っている。戦車が狙うのはバギーでは手に余る、突出したラージャクラや群れを成して突っ込んでくるサンガストラである。それを相手に、中・遠距離から面制圧を仕掛けるのだ。位置的には戦線の中央。可能な限り精密かつ安定した砲撃を行う役割である。
ここが崩れればバギーや装甲車は孤立し、文字通り喰い潰される。だからこそ攻守のバランスを保つ要衝であるのだ。同時に副砲や近接防衛機構で、撃ち漏らしたチャペラや、飛び込んできた滑空型に対応しなければならない。要するに――クソ忙しい配置である。
そして中心に陣取る大型戦車。圧倒的制圧力を有する最終兵器である。戦術的にも構造的にも、最初から最前線に立つ設計ではないが、その代わり――後方から特大の超重火力を見舞う。たとえラージャクラが束になってかかろうと、超大口径砲の直撃には耐えられない。同時に前線指揮、各隊との連携、補給、情報共有、そしてメディカルを支える、頭脳にして本丸である。
もちろんこれは、シュランダの誇る最大級の打撃力だ。しかし、機動力や近接戦闘への適応は鈍く、死角も多い。だからこそ、バギーや装甲車によるサポートが絶対に欠かせない。
互いが互いを支え合い、背を守る。それができないやつから順に食われていく。こうしてここに顕現したのは、ただひたすらシビアな現実であった。
「これはお前の救出作戦だ」
もしもニラティにそう突きつけたら、彼女の心は砕けてしまうかもしれないな。ヴィヤーサンはそう思った。しかめっ面をごまかすのにミントタブレットを口に放り込み、震えてみせる。
「あぁ、カフェイン入りにするんじゃなかった。エグいねこれ」
一人笑っているのは、この男なりの強がりでもあるのだ。
一人の女と千人単位のレアメタルハンターたち。それが天秤にかけられていると知れば、彼女は「いっそ殺してくれ」と言うかもしれない。
だが、それでは済まされない。
タウラカに啖呵を切ったように、ニラティが乗った皿には、シュランダの未来と、生存のスタンスと、誇りが一緒に乗っている。
これは巨大な天秤一つの話ではない。千人以上のレアメタルハンターそれぞれが、心の中に天秤を持ち、そこから導き出した答えである。
「ああ……意外とトントンかもね」
薄く笑うヴィヤーサンの胸元で、古びた懐中時計が揺れた。
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