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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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伝説の最期 前編

 噴火直前の火山の鳴動のようなエンジン音を響かせながらセガルツォが街をゆく。埃っぽいこの街で、ピカピカなのはこの車くらいだろう。

「どこ行ったかと思ってたよ……ヒヤヒヤさせないでくれ」

「別にいいだろ。自分のウチに帰るのに、あんたの許可がいるのかい?」

 いいから乗れと手招きされて、二ラティは助手席に滑り込む。

「意外とフッ軽だね、Mr.クレンズ」

「好きで出てきたんじゃない。君の顔わかるやつが他にいないんだ」

「そうかな、顔は広いつもりなんだけど」

「いやいや、三十年前の君の顔知ってるやつ、界隈で何人生きてる?」

「……うわぁ、気づきたくなかった。マジのババアじゃんか」

 おそらくヴィヤーサン以外には殆どおるまい。それくらいこの街の人間と、レアメタルハンターの命は軽い。

「やっと自覚したか。あとついでに、こいつも見てみろ」

 手渡されたのは、飲用水の購入履歴である。二ラティ一味がこの町でいつ水を買ったのか、ヴィヤーサンはその記録を十年以上遡る事もできる。

「これが……なんだい?」

「半月前、十五トン買い込んでるよな?これはお前のとこが狩りで、三カ月くらい遠征する時の買い方だ」

「うん。長めの狩りに出るときは、どうしてもこれくらい要るからね。それが?」

「十日前に帰ってきてまた買いに来てる。それからも随分こまめに買いに来てないか?」

「本当だ……量も少ない」

 流石に遠征用よりは少ないが、町に滞在する間も水は纏めて買う方が多い筈だ。単価も下がるし、何度も買いに行く手間が惜しい。世知辛いが真っ当な理由である。

「おかしくないか?三カ月分も買い込んでるのに。多少のことはあっても、三ヶ月分を半月で使うか?」

 確かにおかしい。トラブルで遠征から引き返したもしても、水はそのまま使えば良い。暫く二人は沈黙、エンジンだけが気まずそうに空白を埋める。

「……それで?」

 二ラティがやっと切り出した。

 これではまるで「帰ってきてるが一緒に住めない」状態のようではないか。嫌な予感がする。顔を顰めて頭を掻く二ラティだが……予想を口にしたら本当になりそうでイヤだった。

 その様子を横目で眺めるヴィヤーサンが続けた。

「ああそうだ。判ってるけど言いたくないとき、お前はいつも下唇を噛んでその顔をする。だから代わりに言ってやるんだ。

 もしかしてラティの部下、仲間割れしてるんじゃないか?」

 ヴィヤーサンの分析に、二ラティは自分がバケモノになったと知った時より寒気が走った。

「……まさか」

「信じてないなら、行ってみるかい?」

「当たり前だ……そんなの何かの間違いだ、ウチの団結力は、こんなもんじゃないはずだ」

「……よし、行ってみようか。結局僕も推測だ、みんなで君を偲んで流しそうめんをしているのかもしれない」

「それはそれでイヤだな」

 これ以上言っても意味がない。二ラティの口調からそれを読み取ったヴィヤーサンは、車を郊外へ走らせた。


 ウロロロロローー腹の底をくすぐるような、獣や骸骨が呻くような、笛に似た不気味な音が聞こえてくると、二ラティはほっと一息ついた。

「ああ、やっと虚笛ウツロブエか」

「わかりやすいのは便利だが、子供は怖がるだろうな」

「良いじゃないか。こんなとこ彷徨くようなガキ、ろくな大人にならないよ」

「ふふん、末はハンターか水商売か」

「そゆこと」

 サンジーヴァナの市街地の終わりとスラムの始まりには、虚笛と呼ばれる地域があり、一種の緩衝地帯のようになっていた。この不穏な名前の由来は他でもない、風の度に繰り返す、あの笛に似た不気味な音である。

 その真ん中に少し目立つビルがある。

 市街地に比べればさほど高くはないのだが、無計画な増築を繰り返した結果、怒り狂ったキノコの群体のような凄い形になっている。ここに風が吹くと、あの音が鳴り響くのだ。

「久し振りに来たんだが……こんな……個性的な音だったか?」

「は?ああ、この時期はこんなもんさ、風向きが変わると音も変わるんだ。

 実は、この前建て増ししたらえらくホラーに寄っちゃったんだよね。狙ってないのに」

「魔女かお前は……」

 ヴィヤーサンがげんなりと呟く。なにしろこの不気味なビルと、その周辺をぐるりと囲む金網の内側が、レアメタルハンター、二ラティ一味のアジトなのだ。言うなれば彼女はこの音の主でもある。

「でも便利なんだよ?ウチの縄張りがわかるから。まあ、風が強い日は耳栓しないと眠れないんだけどね」

「どっかの部族かよ、お前らは……おっと入口か。ラティは黙っててくれよ」

 金網の入り口には、銃で武装した門番が立っている。ヴィヤーサンはすうっとそこにつけ、窓を開け、顔を見せた。見張りが少し驚いた顔を見せる。

「これはMr.クレンズ……なんのご用ですか?」

「やあ、ボスはお帰りかな?」

「いいえ……失礼ですが、この先には……」

「そう堅いこというなよ……じゃあタルカは?」

「申し訳ございませんが、誰もお通しするなと……」

 目を剥き、眉毛を噴火せんばかりに寄せる二ラティの顔を片手で隠しながら、ヴィヤーサンは苦笑いを作った。

「そりゃあないよ、こうしてわざわざ顔を見せたのにさ」

「いや、しかし……」

「それじゃこれはどうだろう」

 ヴィヤーサンの物言いはどんどん大仰で、芝居がかったものになっていく。放っておいたら歌い出しそうだ。

「職務に忠実な君に断られ、僕は泣く泣く引き返す。そうするとなぜか、二ラティ一味は明日からサンジーヴァナで飲み水が買えなくなる。おまけに下水が逆流するようになるだろう。

 そこで君は言うんだ「この惨情は私が、あのノンアルコール水商売おじさんを門前払いするという忠義を貫いた賜物です」ってね。

 もしも君が控えめな人間でも問題ないよ。明日の昼頃には、何故か皆知っているだろうからね」

 更に満面の笑みを作るヴィヤーサン。この街のーー少なくともシュランダのーー水源のおよそ四割、排水システムの殆どをヴィヤーサンが管理している。さっきの言葉もやろうと思えばすぐ出来る、決して敵に回してはいけない男なのだ。

「実に刺激的な明日になりそうだ。シフトをバックに入れればそれが出来るんだけど……どうする?もう一度断る?三秒だけ待つよ?」

「……少々お待ち下さい」

 門番が無線にボソボソ喋りかけて数分。

「失礼しました。お通りください……番頭はビルにおります」

「ありがとう。怒ってないよ、仕事熱心なのはいいことだ」

 そうして車はゆるゆると金網の内側に進んだ。


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