初めての友達
森から戻ったニラティの手には、辺りで拾った鍋釜があった。そこには森で見つけた植物が詰め込まれている。
「アロエにドクダミ、オオバコにハコベ……まあ、こんだけありゃあ上出来か」
太陽が高くなった頃、戻ったのは先ほどの湖畔に流れ込む小川のそばであった。そのほとりに佇む巨大な背中は、腰を下ろしたパランである。座高でニラティの身長を超えているのだから、呆れるほどデカい。
「おう、戻ったよパラン。言いつけ通りにしてるかい?」
自分が森に入っている間、焼けた片手をずっと小川に浸しておけ、ニラティはそう言い聞かせていた。
「ああ……」
結局ニラティは、少しの間パランと共に行動することにした。野営地やサンジーヴァナに戻るのは、ほとぼりが冷めてからの方が良いし、またトラカンの追っ手が来てはたまらない。
なによりパランは≠を知覚できる。それはどこにもいない貴重な存在だ。
「もういいか?」
淡々としたパランの声に、うんざりとした気配が混じる。まるで身動きが取れないのは、トラカンでも退屈らしい。
「見せてみ?あーあ、こりゃなかなか酷いね。もうしばらくつけときな」
バランの掌は酷く焼けただれている。聞けば、あのプラズマの刃を使ったせいだという。
「無茶な武器だね、あのプラズマブレードみたいなやつ。使ったら手が焼けるとか、何考えてんだか」
「いや、もとからある機能ではない。思いつきでやってみたんだ」
「無茶なやつ。なんでそんなことを」
「火球では、君たちを巻き込むだろう?」
「……そりゃそうか」
『ありがとう、パラン……あ、聞こえないか』
ぽそりと呟いた≠に、ニラティはふむ……と考え込んだ。
「なあ、パラン。≠がアンタにお礼を言いたいらしい。アンタもこの子を見て、声が聞けるようにならないか?」
『え?い、いいよ別に』
「よくない。アタシがそうして欲しいんだ」
尻込みする≠であるが、ニラティは押し切った。≠がニラティ以外とコミュニケーションを取る、またとない機会ではないか。
「そうか……では、試してみようか。少し近くへ来てくれ」
「よし」
パランの顔がぐいっと近づいてくる。すらっと通った鼻筋、ぱっちり二重、長い睫毛に形の良い朱唇と、彫像のように整った顔であるが、ここまでデカいと恐怖を感じる。
パランの銀色の髪がふわりと持ち上がった。風もないのにゆらゆらとこちらへ伸びてくる姿は触手のようだ。
それに応えるのは、ニラティの右頭部の銀髪の部分である。磁力にそよぐようにふわりとうきあがると……やがて両者は空中でそっと絡み合った。一瞬、視界にノイズが走り、頭の芯が痺れた。
「うっ……」
ダメージを負ったせいなのか、それともトラカンの脳のデキがいいのか、これだけでは判らないか……これはかなり負荷が大きいようだ。
「うぐぐ……加減できない?」
「済まない。少し情報共有のペースを落とそう」
軽いめまいがしたが、今度はすぐに落ち着いた。どうやら≠とパランは髪を通じて、凄まじい量の情報をやり取りしているようだ。
そのまま数秒……やがて両者の髪が離れると、パランは手を差し出した。その微笑みが向いているのは、ニラティの足元に隠れている≠だ。間違いなく見えている。
「やあノット、はじめましてだね。パランだ」
「ほれ、握手しな」
背中をぐいと押す仕草をすると、≠は存外素直に前に出てきた。
『うん……ありがとうパラン、助けてくれて』
おずおずと握手に応じてみせた。≠の小さな手は、パランの人差し指と中指を握るのが精一杯であった。
やはり同胞と言うべきか、それとも始めてニラティ以外に直接コミュニケーションが取れる相手ができたからなのか、両者が打ち解けるのは早かった。もしかしたら髪を通じた情報交換は、人間の会話より遥かに高度なコミュニケーションなのかもしれない。
『それでね、サンジーヴァナの東通には美味しいケーキ屋さんがあってね』
「ふむ……随分楽しく過ごしているのだな」
やはり直接会話できるのが嬉しいのだろう、ぺらぺらと捲し立てる≠に、パランはのんびりと相槌を打つ。
それを背中で聞きながら、ニラティ森で摘んできた植物を小川で洗い、それを拾った鍋釜と石で丹念にすり潰す。いい感じのペーストになるまでじっくりと。
「こんなもんかな。うし、ほれパラン、手ぇ出しな」
どろりとした青臭いそれを、パランの火傷にべたべたと塗りたくってやる。何しろ塗る相手がデカい、ケーキを通り越して左官の気分であった。
「ギリ足りたか。まあ、やらないよりマシだろ」
摘んできた植物はどれも、保湿や抗炎症、冷却や抗菌などの作用があるものだ。これらをすり潰して混ぜたこれは、即席の火傷の薬である。所詮民間療法であるが、気休め程度にはなる。
「別にこんなことしなくても……放っておけば治るのだが……」
「早く綺麗に治るんだ。文句言わずにありがたく受けときな。
包帯がありゃいいんだけど……この状態でシャツ裂くのはちょっとなぁ……完全手ぶらだったから、何にもないんだよね」
辺境の森には金属生命体や猛獣、毒虫もいるだろう。そんなところで服を裂きたくはない。
「そこまでする必要はない。
トラカンの肉体はシュランダより強靭で回復力もある。君のトラックに轢き潰された足も、一日で治った。これだけやれば十分だ、礼を言うよ、ニラティ」
「よし。次は、食べ物集めて来なきゃな……ねえパラン。あの火球、出せるか?一個でいい」
「……出来るが、何のつもりだ?」
パランが無傷な方の腕で錫杖を振るうと、小さな火球が一つ、虚空に生じた。
よく見ると、中では無数の火花が弾けて渦を巻いているのがわかる。近づくだけで肌がちりつく凄まじい熱量を感じた。
「これを、あの辺の岸にぶち込んでくれ」
「?……判った」
錫杖の操作に応じて火球は急加速、湖畔に突っ込み炸裂。水柱とともに波紋がびりびりと水面を伝い……やがて、数匹の魚が水面に腹を見せて浮き上がってきた。
『すごい……』
≠が目を丸くして飛び上がったのを見て、ニラティは得意げに胸を張った。
「よしよし、思った通りだ。手ぶらでガチンコ漁出来るなんて、トラカンは便利なモン持ってるね」
これでメシにありつける、ニラティはカラカラと笑うと、魚を拾い集めるべくブーツを脱いだ。
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