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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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「愛情がスパイス」の正体

 ある日の夕暮れが近づくころ、≠は自分から申しでた。


『ワタシも……マムの為に何かしたい』

驚きはあったが、ニラティの胸には意外よりも”ここまできてくれたか”というある種の慈しみや達成感のようなものがあった。


「それじゃあ……一緒に食事の準備をしようか」


 テントの目の前に構えた簡易炊事場で、夕食の準備に取り掛かる。傍目には一人だが、今ニラティの手足を動かしているのは半分ほどが≠なので、実質的には二人での作業である。騒がしい野営地では、ニラティの小さな独り言なんて誰にも聞こえない。


「イェンラも来るだろうから、少し多めに作ろうか」

『うん……マム、料理出来るんだ。初めて見た』

「普段は買ってきた方が早いからね。駆け出しの頃は金欠で自炊したもんさ。ヴィヤーサンとか、一味の連中からはそこそこ評判良かったんだよ……まあ、一味が大きくなってからはできなくなったけけどね」


 小麦粉に塩を加え、軽く混ぜたら水と澄ましバターを加えてよく混ぜる。


『うわ、なんかすっごいベタベタする』

「よーく捏ねるんだ。粉全体に水分が行き渡ると、感じが変わってくるよ」


 最初はバラバラでぐちゃぐちゃだった粉が、やがて手の温度と動きで一つにまとまってくる。皮膚にまとわりつく感覚は、気持ち悪くもあり、気持ちよくもある奇妙なものである。


『ホントだ……』

「まだまだ。もっともっと、しっかり捏ねるんだ」


 やがて表面がすべすべしてくると、手につかなくなった。生地が言う事を聞いて、こちらの動きに合わせてむにむにと静かな手応えを返す。


『きもちいいね』

「そうだろう?よし、こんなもんかな、少し寝かせるよ」


 濡れ布巾で包んで生地を休ませる。


『不思議……生地は捏ねたデンプンでしかないのに、時間を置くと何か意味があるの?』

「そう。理屈で言うと、捏ねたときにできたグルテンが緩んで、生地が扱いやすくなるらしい。それと水分と油がもっとしっかり、隅々まで行き渡るのを待つことで、しっとり焼きあがるんだってさ。理屈じゃなくて経験則でできた手順だろうね。

 そんで、この間に他を済ませておく」


 キュウリ、ピーマン、タマネギ、ズッキーニ、……まあナスもいいか。食糧庫で萎びている適当な野菜を引っ張り出すと、とにかく刻んでたっぷりのオリーブオイルで炒め合わせる。

 ジャガイモだけは別の鍋で塩茹でする。


『あ、ピーマンのタネ取ってないよ?』

「いいのいいの、毒とかトゲじゃなきゃ食えるから。

 なんでもいいけど、トマトとニンニクは外せないね。ニンニクは……いいや、三つ入れちゃえ」

『多くない?』

「多い方が美味いの」


 トマトは炙って皮を剥き、ニンニクは潰して鍋へ放り込む、一緒に炒めて、水分がでたら弱火で煮込む。


「ほんじゃ、煮込んでる間にこっちだ。よく見るんだよ、お手本だ」

 慣れた手つきで休ませた生地を切り分け、掌より大きい程度の円形に伸ばしていく。昔取った杵柄というやつだ、今でもよそ見してもできそうだ。


「こんな感じだね、やってごらん?」

『うん……あれ?以外と難しいんだね』

「破れなきゃいいよ、気楽にやりな」


 生地を伸ばしたら、ちょうど茹でが上がったジャガイモを皿に移し、空いたコンロで乾いたフライパンを温め、油を敷かずに生地を焼く。二分弱も焼いて気泡が湧いてきたら裏返す。ところどころが膨らんで、香ばしい焦げ目がついたら完成は近い。


『すごいなあ、生きてるみたいだね』

「そうだね。たまにやると楽しいもんだ」


 ジュッと音がして甘く香ばしい香りがしたら焼き上がり。少しのバターとハーブソルトをかければ、手作りのフラットブレッドの完成である。


『綺麗……キラキラして、美味しそう』

「うん、いい感じだね。それじゃあ、イェンラも呼んで、ご飯にしようか」

 

「え、マムが料理を?……できたの?」


 ギョッとした様子のイェンラであったが、盛り付けられたラタトゥイユと焼きたてのフラットブレッドを一目見た瞬間に腹を鳴らした。


「なんだよどいつもこいつも、アタシをなんだと思ってるんだ」


 ニラティがぼやくと、≠がコロコロと笑う。イェンラに見えていないのが残念だ。


「いただきます……あ、美味しい」

 イェンラが見るからにこわごわとスプーンを口に運ぶ様子にしかめっ面のニラティであったが、一口で易々と掌を返したことに、すっかり機嫌を直した。


「あ、すごい。野菜の旨味ですかこれ、うまぁ……うん、パンもほんのり甘くて、いい香りがして……料理、上手なんだ……マム。いやあ、心底意外」

「見直したか?」

「はい……流石です」


 素直にそう答えるイェンラを見て、隣に腰掛けた≠は笑った。それを見て、ニラティも自分の分に手を付けた。


「うん……美味しくできてる。まあまあだ」


 煮込んで濃縮された野菜の旨味とトマトの酸味が、オリーブの香りとともにまろやかに調和している。そこにニンニクのパンチが加わることで、あっさりしているのにがつんと食べ応えを加えている。

 まだ温かいフラットブレッドはふわふわでほんのり甘く、ハーブソルトとの相性が抜群であった。


(交代だ、ノットも食べてごらん?火傷しないようにね)


 脳内に存在する≠は、当然ニラティの味覚も共有していることだろう。だが、自分で食事を摂るという行為自体は始めてである。≠はそれこそこわごわと、子犬が警戒するようにゆっくりスプーンを口に運び、おそるおそるふくんだ。


『ン……うん……うん!

 嬉しくて、楽しくて、温かくてわくわくする……そうか、これが美味しいってことなんだね……始めて判った気がする……』


 ≠のしみじみとした、だが目の前に光が差したような、まさに啓蒙といったその様子は、ニラティにとってかけがえのないものであった。

 初めての自分の食事に夢中になる≠。彼女がやたらと食べこぼさないように気をつけながらではあるが、ニラティは世間話を続けた。


「どうだったイェンラ、今日の狩りの成果は」

「ああ、バッチリだったよ。マムの予言、腕は落ちていないようだ」


 ≠の金属生命体の探知機能は、以前と何も変わっていない。むしろ、実際の狩場から近い分、タイムラグが少ないはずだ。これなら、ここでもやっていけそうだ。ニラティは内心胸をなでおろした。


「それにしても、美味いなぁ……あれ、これジャガイモ入ってるじゃないか。その割には……モサモサしないな」


 不思議そうに呟くイェンラに、ニラティはにやりと笑った。


「良く気付いたねイェンラ。アンタは煮崩れたジャガイモ嫌いだろうと思って、芋だけ別に茹でたんだ、盛り付けするときにのっけただけさ……うん、味しないかと思ったけど、切ってから茹でたから気にならないね……どうかした?」


 目を丸くするイェンラに、ニラティは話をフッてみた。


「知ってたのか……私が崩れたジャガイモ苦手って」

「知ってた……っていうか、そんな気がしてた。一味にいたとき、カレーの日にテンション下げてるのアンタだけだったからね。とくに二日目」

「……やっぱり、マムには敵わないな……嬉しいよ。ありがとう」


 イェンラか心の底から喜んでいる。それがまた、≠が人間の心を知る材料となり得る。利用して済まないが、喜んでいるのだから目を瞑ってもらおう。


『そっか……このためにジャガイモだけ別にしてたんだね』

(そう、アタシだけなら一緒に炒めてたよ。でも、食べる人の為にちょっとの手間をかけると、相手は自分を大事にしてもらっていると感じて喜ぶわけだ。ほらね?やっぱり、相手を知るってのは大切なんだよ。

 相手を知れば、向こうがどう考えるか判る……いや、推し測れるようになる。これを知らずに押し付けるとこうはいかないだろうね)


 これがもっと親密であるなら、もっと手間のかかる下処理を惜しまなかっただろう。好き嫌いやらをもっと調べるかも知れない。更に一皿増やしたかもしれない。それが世間一般に言う『愛情がスパイス』という言葉の正体だ。ただ想うだけではなく、思いからくる行動が肝要である。ニラティはそう思っている。


「凄いよマム……力が湧いてくるようだ。

 ……一生面倒見るから結婚して」


 頬を染めてみせるイェンラの言葉に、ニラティは盛大に噴き出した。


「おいおいイェンラ、冗談が重いよ」


 こうして流さなければ、おかしな方向へと拗れそうだ、それくらいにはイェンラの目は本気に見えた。

 さて、≠には人の心の細かいところから教えるつもりだったのだが、いきなり随分と巨大な感情の理屈を教え込んでしまった。しかし、失敗とは思えなかった。

 自分で教えてから気づくのもなんだが、一件無茶苦茶な人間の行動も”特定の人物に愛されたい”からだと念頭に置いて見ると、存外腑に落ちる。

 イェンラのプロポーズの真似事はその最たるものであった。片側からだけの大きな矢印では、成功云々以前に、真剣なものとすら捉えてもらえないのだ。


ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

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『愛情がスパイス』の正体、皆さんならどうお考えですか?

ぜひ感想で教えてください。


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


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