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脳を蝕む鋼の芽  作者: そのえもん


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交渉とビジネス(前編)

「……これで」

 器に手を突っ込み、ころりとカウンターに並べたのは、ピスタチオが三粒であった。

「そりゃ気前がいい、三割もくれるのかい?」

「……ッのやろ……」

 意地悪く笑うヴィヤーサンに、二ラティは苛立ちまぎれにグラスの結露でその横に”%”と書き加えた。

「売り上げベースだ」

「つれないな、ラティ。僕と君の信用はそんなに安いのかい?」

「悲しいよ、ヴィヤーサン。あんたにとってアタシのケツ持ちは、そんなに気の進まない仕事なのかい?あの頃のヴィヤーサンはどこへ言っちまったのさ?」

 即座の切り返しに、ヴィヤーサンは笑った。

「気持ちのいいこと言うじゃないか、流石ラティだ。

 僕は何も変わっていないさ。今だって自社ビルの一階には、あの頃二人で乗り回してたバギーが展示してある。今すぐ走れるように整備もしてある』

「どうだか。アンタがマメなのは知ってるけど、そこまでやるかね?」

「だったら今度見に来るといい。あの頃のバギーでドライブしようじゃないか。きっと楽しいよ、あの頃みたいにドーナツとコーヒーで何時間でも喋ろうじゃないか」

 ざらり。ヴィヤーサンは笑いながら、カウンター上に七粒のピスタチオを加えた。後見、つまりは身辺の安全確保と引き換えに、10%の上納を要求しているのだ。

「ラティ、君は大切な友人だ。もう少しおまけしてあげたい気持はあるんだが……世の中、やっぱり気持ちだけじゃ回らない。プラスαくらいなら構わないが……やたらとお安いのは、部下や他のクライアントから不平が出る」

「不平が出るのはあんたの統率の問題だろう?ナメられてるんだよ」

「そりゃ手厳しい。こんな甘い男では、君の後見なんて大役は……務まらないな」

 台詞の割に余裕綽々で眉をハの字にしてみせるヴィヤーサンである。対してニラティは露骨に舌打ちである。

「……勘弁してくれよ、干上がっちまう」

「よく言うよ。紙とペンしか使わない、最高のビジネスじゃないか。

 コンサルのクライアントには茶菓子まで持ち込ませてると聞いてるぞ?」

「コンサル……?」

「ほら、ハンターの組織運営のアドバイスとかトラブルの仲裁してるじゃないか」

「あんなのただの茶飲み話じゃないか。逆だ逆、茶菓子だけで話を聞いてたんだ。基本金なんか取れないよ」

「なんだそりゃ。随分安上がりのコンサルだな」

「ただの世間話さ。コンサルなんて面倒なこと、誰がするか。わざわざ金払って自分の領分に口出ししてもらうなんて、正気じゃないよ」

 即物的で現場主義の二ラティは、コンサルそのものを信用していない。

 組織内の問題が部外者の口出し如きで解決するものか。二ラティのアドバイスはあくまで後押しやきっかけに過ぎない。あらゆる問題は、問題を感じた者の自力で乗り越えねば意味がないのだ。それはハンターだけではなく、あらゆるものに言える。

「君の考えは尊重するが……信頼する人間になら口出しして欲しい、そういう奴は案外たくさんいるのさ」

「だとしても責任持てないよ、的外れなこと言ってるかも知れないのに」

「真面目だなラティは、責任なんて取らなくていいんだよ。”アドバイスは正しかったのに、それを正確に実行できなかった、そこが新たな問題だ”と、こうして課題を増やして、更に取り組まさせるんだ、ねずみ算式にね。

 無駄な書類を増やさせてもいい、無闇矢鱈と資格を取らさせてもいい、オススメは責任の所在を明らかにするんだと、何処かを槍玉にあげることだ。詰められるのはトラブルの多い現場になるかな」

「バカ言え。そんなことさせてたら、本業が疎かになる。必要以上に現場を詰めるのは、自分の首を締めてるのと同じじゃないか」

「ハンターの問題なんて、獲物が捕れたかどうかだろ?十分さ。

 責任を再現性の低いところに押し付けるんだ、擦り代は無限大だ。

 そうやって引っ掻き回す間に少し上向きになれば、”やっと効果が出てきた、このまま続けろ”と焚き付けるのさ。

 手柄は自分に、責任は他所に。コンサルの心構えさ」

「そんな適当な物言いに振り回されて本業を疎かにしたら百パー傾くだろ。コンサルなんて役立たずの口出し屋なんか、真っ先に信用を失うじゃないか」

 不機嫌さを隠そうともしないニラティだが、それを楽しむようにヴィヤーサンは笑うのであった。

「君は本当に真っ直ぐだな、面白いを通り越して眩しいくらいだ。

 そう見えるが、意外とそんなことはない。”自分はこれで上手くやってきた、アドバイスを実践できなかったことに問題がある”という理屈は無限に擦れるからね。傾けば傾くほど、コンサルは頼りにされる」

「アタシのやり方とそいつのやり方は違う。約束できないよ」

「それが判る人間は最初からコンサルなんか使わないよ。

 既に君を盲信しているハンターは結構いる。何人か心当たりはないかい?君に命を救われたり、君の話だけは聞いたり、君にだけは笑顔を見せるような連中だ」

「……!!」

 何人もいる。だが、二ラティとって彼らは可愛い後輩なのだ。とてもそんな扱いは出来ない。目の光が揺れたのは一瞬であったが、ヴィヤーサンはそれを正確に読み取っていた。

「乱暴に言えば、彼らはもう君の手駒だ……なあに、文句を言われても大丈夫さ、その為に僕がいるんだ」

「違う、そんな事を頼みたいんじゃない」

 ニラティは大袈裟に首を振った。声が震えているのが判る。

「……そうなのかい?」

「そんなんじゃない。自分の身を守りたいだけなんだ。誰かをを食い物にする相談がしたいんじゃないんだ」

「そうか……」

 ヴィヤーサンが嘆息した。

「てっきり、ビジネスを拡大したいものだとばかり。いや、まだビジネスですらないのか……なら、今日は僕から提案しよう」

 グラスを傾けると、ヴィヤーサンは少し考えをまとめていた。

「ウチの持ち物に空きビルがある、そいつをオフィスとして貸そうじゃないか。近くにちゃんとしたセキュリティの家も用意する。

 君がやることは変わらない、朝昼と予言を書き写した地図を売って、空き時間にハンターの悩みを聞いてやればいい。

 ……何なら、予言は一枚書けばそれでいい。ウチの者に印刷と売り子をやらせよう。今はなぐり書きのコピーで一枚百ヴェルだが、カラーにして高精度の地図と重ねる。これで三百ヴェルにすればすぐに元は取れるだろう」

「どこまで知ってるんだよ、あんたは」

「他でもない親友のビジネスだ、少しくらい調べるさ」

 金属生命体の予言の地図なんて、ヴィヤーサンにはなんの価値もない。そのくせちゃんと細かく把握している。この事実は二ラティの背筋を凍らせた。

「コンサルのアポもウチが管理しよう。もう自分で整理券なんて配らなくていい。その時間で一件でも話を聞いて、後輩を導いてやってくれ」

「……ヴィヤーサン」

「何も心配はいらないよ?君は今まで通り、傲岸不遜に経験談で上から偏見でアドバイスをすればいい。君はそれで三十年やってきたんだ、昨日今日徒党を組み始めた連中の悩みなんて浅いもんだろ。

 今まで通り茶菓子だって持ってこさせればいい。そうだな……今のスタンスでもう行列が出来てるんだ、一時間五万ヴェルでも客は十分来る。

 なんなら、月五十万くらいで顧問として、月ニで話と研修を開いてやってもいいかもね」

 ペラベラと胡散臭いビジネスの骨子が出てくる出てくる。明らかに手慣れている。

「ヴィヤーサン……あんた、そんな男だったのかよ」

「ああ、幻滅させちゃったかな?そうだね、君と一緒にレアメタルハンターをやってた頃は……こんなことは知らなかったよ。

 でも、仕方がない。身を守るというのは……簡単に言えば武力の外注なんだ。誰かに戦うリスクを背負わせるという事だ。

 意地悪で金を吊り上げてるんじゃない。君を守って、その代わりに戦うそいつにも命や家族がある。使う武器弾薬にはコストがかかる。必要なんだ。それを依頼主が負担するのは当然だろう?その費用はどこから回収する?ビジネスからだ、セキュリティの高い家は家賃も高いだろ?何も変わらないよ」

「……」

 そう言われると反論がしにくい。命を預ける武器弾薬は高価であるし、人件費が高いのも見に染みて知っている。

「ビジネスの本質は走り出したら止まらない火の車なんだ。走れば火は大きくなり、立ち止まると自分が焼け死ぬ。

 ラティ、君は誰かを食い物にしたくないと言ったね?それは高潔で慈愛に満ちた、素敵な思想だ。だが、その為に君を守る僕や、その部下に無料で体を張れと言えるかい?

 それは……僕たちを食い物にしているのと同じじゃないか?」

「……っ!」

 ヴィヤーサンの言葉が胸に深く刺さった。自分が誰かの命を値切るという傲慢な行為をしていたことが、何よりもショックだった。


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